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コラム
アニメやぶにらみ 雪室俊一

 第18回 されど視聴率

 数字に弱いぼくが唯一、気にする数字。それは視聴率である。例えば同じレベルの本(シナリオ)を書いたとする。高視聴率番組の場合は、すんなりと通るが、数字が低いとそうはいかない。低視聴率の原因のすべてが本にあるごとく、スタッフ総動員で本のアラ探しが始まるのだ。セリフの語尾にまで目を光らせるプロデューサーもいる。語尾を変えたからといって、視聴率が上がるわけはないのだが、とにかくなにか対策を講じなければという焦りがそうさせるのだろう。
 おかしなもので視聴率がいいときのライターは空気のような存在で、あまり評価されない。それが酸欠の低視聴率状態に陥るとライターは総攻撃を浴びる羽目になる。
 回を重ねるごとに視聴率が下がっていくような場合は内容に問題ありで、ライターが責められてもしかたがない。しかし、ほとんどの低視聴率番組は初回から低い数字のケースが多い。
 つまり、番組の存在が知られていないということで、本の語尾を直すより、番宣を工夫したりして周知度を上げることが先決である。同じ書き手が同じレベルのものを書いて、これだけ対応に差があるのだから、視聴率はいいに越したことがない。
 ぼくがこれだけ長い間、アニメを書いてこられたのは比較的、視聴率のいい作品に恵まれたからだ。もし、低視聴率番組が多くて本が集中砲火を浴びていたら、とっくにストレスで倒れていたろう。
 さて、この視聴率という数字は、どこまで信憑性があるのだろう。首都圏で1000軒にも満たないサンプルで正確な数字が出るわけはない。いや、統計学上、これ以上増やしても結果は同じだなど、いろいろな意見がある。
 上は39%から下は3%までの番組に携わってきた、ぼくの経験からいうと、ひとつの目安としては、かなり信頼できると思う。
 30%番組だと、あらゆる年齢層の人がその存在を知っている。アニメを見ない老人でも番組名は知っている。20%でも大多数の人が番組を知っている。小学生に関しては、ほとんど全員が知っているといっていい。10%、5%と、だんだん数字が下がって3%程度になると、大半の人が知らないという、情けない結果になる。
 自分の書いた番組が世間に知られていないということは、だれにも気づかれずに咲き、ひっそりと散っていく花のようで、なんともはかない。
 別に大ヒットは望まないが、せめて悪口をいわれるくらいの知名度がないと書いていて張り合いがない。
 最近、ドラマの不振が指摘されているが、視聴率に関していえばアニメはもっと不振である。ベスト20に入っているのは『サザエさん』だけだ。ほんの10数年前には常に4、5本の番組がランク入りしていたというのに。
 たまにヒットが出ても、そのパワーは持続せずにジリ貧になってしまう。いまの子どもたちが、それだけあきっぽいといえば、それまでだが元々、子どもはあきっぽいものである。
 それをたしかめられるのが、毎分ごとの視聴率で、視聴者がどこで退屈して、他のチャンネルに移動したかがグラフを見れば一目瞭然になっている。視聴率を信用しない向きもこのデータは信用せざるをえない。アニメの場合、ライターの名前はエンディングタイトルで表示されることが多いが、本編終了後にCMが入ったりすると、かなりの視聴者が他のチャンネルに移動してしまう。ライターの名前どころか予告編も観ないという、視聴者が意外に多いのだ。またストーリーの展開がもたついたりすると、グラフはあっというまに下降線をたどる。本と照合してみると、お客はドライで正直だということが分かる。
 ライバルは裏番組だけではない。「つまらないからゲームをしよう」ということで、プレステやゲームキューブもアニメのライバルになってしまう。ぼくがアニメを書き始めた頃、テレビが番組を視聴する以外に使われるとは想像もしなかった。ゲームどころかリモコンもない時代である。コタツから出るのが面倒だからと、チャンネルをそのままにしておく家庭も珍しくなかった。しかも子どもたちは、いまよりずっと熱心にアニメを観てくれた。いまほど進学競争が激しくなく、子どもたちはのんびりとアニメをたのしむ余裕があったのだ。
 当時は視聴率20%が合格ライン。ギリギリでも15%で、それ以下だと不合格の烙印を押され、新企画に代わられた。先日、引退したアニメプロデューサーのインタビューを読んでいたら、視聴率が25%を割ったので緊急対策会議が開かれたとあった。ぼくも30%を割り込んだため、反省会に参加させられたことがある。そういう意味では、シングルの視聴率でも延々と継続される、現在の方がライターにとって居心地がいいのかもしれない。
 こうして視聴率のことばかり書いていると必ず、おまえのように視聴率、視聴率とわめいているやつがいるからテレビのレベルが下がるのだと批判の矢を向けられるかもしれない。多くの識者もテレビをむしばんでいるのは視聴率競争だと指摘するが、果してそうだろうか。
 視聴率調査をやめたら番組のレベルが上がるとは思えない。テストや通知表をやめたからといって、学力が向上しないのと同じことではないか。
 ぼく自身のことを考えても視聴率を意識しないで書いたからといって、いま以上にハイレベルな作品を生み出せるとは思えない。いい作品を生み出すのは創り手の『志』であって視聴率ではないからだ。

(了)

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