アニメ音楽丸かじり(82)
『坂道のアポロン』は若さ溢れるセッション!
和田 穣
『アクエリオンEVOL』の新エンディング曲「ユノハノモリ」を、10回聴いて10回泣いた和田です。小倉唯のか細く幼い声と、ジンへの想いを豊かな詩情に包み込んだ歌詞がなんとも切なくてたまらない(作詞には新居昭乃が名を連ねている)。注目していただきたいのが、曲のラスト「そばにいてほしかった」のロングトーン。ユノハの声は基本的に裏声の声域なのだが、最後の最後で一瞬地声にひっくり返っているのだ。これは歌唱技術の点から言えばミスかもしれないが、その部分にこそ万感こもった哀惜の感情が表現されていて、強く心を揺さぶられる。小倉に歌唱指導したという菅野よう子も、ディレクターもそれを理解してこのテイクを採用したのだろう。音楽には完成度よりも重要なものがある、という事を如実に示す好例だと思う。
なおこの楽曲は5月23日発売の『アクエリオンEVOL』サントラ盤に収録予定だ。期待して待とうではないか。
前々回の連載で「今期期待の一作」としてお伝えした『坂道のアポロン』の第1話が放映された。ストーリー的にはメインキャラクターの薫、千太郎、律子の3人が出会う、まさに序章といった内容だったが、PVでもフィーチャーされていた千太郎のドラムソロがさっそく登場したのは嬉しいところ。今後も音楽アニメとして高いクオリティが期待できそうだ。
前々回の時にも「どのようなミュージシャンを起用するのか楽しみ」と書いたが、菅野よう子は実に鮮やかな解答を示してくれた。まず千太郎のドラムだが、19歳の新鋭・石若駿が演奏と「動き」を担当。ドラムソロのシーンは、彼の演奏を撮影した映像にあわせて作画されている。単に演奏するだけでなく、そのシーンにおける千太郎の感情を踏まえた「演技指導」も行われたそうだ。
薫のピアノは松永貴志が担当。彼もまた17歳でCDデビューした早熟のピアニストであり、「報道ステーション」のテーマ曲で知られる作曲家でもある。「高校生によるジャズ・セッション」の瑞々しく荒削りな魅力を出すのに、ぴったりの人選と言えるだろう。
さて、そんな『坂道のアポロン』のサントラ盤が、はやくも4月25日に登場だ。24曲収録でトータル57分。オープニング主題歌「坂道のメロディ」とエンディング主題歌「アルタイル」は収録されていないが、作品内で重要なキーとなる11曲のジャズ定番曲が含まれている。第1話で薫がジャズに目覚めるきっかけとなったのが、3曲目「Moanin'」だ。松永貴志によるアレンジで、途中からアップテンポの攻撃的な演奏になるのが聴きどころ。ぜひフルで聴いてもらいたい楽曲だ。
ストーリーのネタバレになってしまいそうだが、13曲目には律(南里侑香)が歌う「My Favorite Things」を収録。南里は『坂道のアポロン』の舞台のモデルとなった佐世保の出身であり、公式サイトでは方言講座も担当している。16曲目「Lullaby Of Birdland」では、『ゲド戦記』の「テルーの唄」で知られる手嶌葵が参加。ジャズ好きを公言している彼女だけあって、その歌声は驚くほど楽曲にフィットしている。その他のジャズ楽曲はいずれもオーソドックスな編曲で、コンボ編成による演奏。若さ溢れる爆発的なエネルギーと、炎のように激しいテクニックの応報がいずれの曲にも満ちており、圧巻の一言に尽きる。
菅野よう子によるオリジナル劇伴は、必ずしもコンボジャズにこだわっておらず、引き出しの多い彼女らしく多種多様なサウンドを散りばめている。7曲目「YURIKA」はメインキャラクター深掘百合香のテーマ曲で、『カウボーイビバップ』の頃の菅野を思わせるストリングスを絡めた大仰な泣きのメロディ。9曲目「Curandelo」はエレクトリック・マイルスのような呪術的なエレピが印象的だ。
まだTV放映が始まったばかりのため、映像音楽として評価が難しい部分もあるが、演奏内容や楽曲の方向性は「高校生のジャズ」を真正面から捉えており、そのサウンドは菅野自身が「ドキュメンタリー」と語るように鮮烈で生々しい。コンピュータによる自動演奏や、音声加工を施されたボーカル、そして初音ミクのような音声合成ソフトに慣れ親しんだ現代の若者が、この人間臭いサウンドをどう捉えるか。そこに本作の成否が関わってくるように思う。
(価格はすべて税込)
(12.04.17)