アニメ様365日[小黒祐一郎]

第8回 劇場版『さらば宇宙戦艦ヤマト —愛の戦士たち—』

 いまだに『さらば宇宙戦艦ヤマト —愛の戦士たち—』だけは気軽に観られない。仕事で確認する事があって、ちょっとビデオを再生しただけでも緊張してしまう。同じ『ヤマト』でも、『ヤマトよ永遠に』なら、ビールを片手に気楽に観られるのだけど、『さらば』だけは特別だ。気軽に観られない理由のひとつは思春期に真剣に観た作品であるから。もうひとつは『ヤマト』シリーズに関するトラウマのためだ。トラウマについては同年輩の人間でないと理解できないかもしれない。
 順に説明しよう。『さらば宇宙戦艦ヤマト —愛の戦士たち—』は1978年8月5日に公開された劇場アニメだ。『宇宙戦艦ヤマト』第1作の続編であり、完結編。アニメブームを代表する作品であり、興行的にも大ヒットを記録している。ガミラスとの戦いを終えて立ち直りつつある地球に、再び脅威が迫る。それは銀河を蹂躙する白色彗星帝国ガトランティスだった。強大な敵に対してヤマトの戦士は1人、また1人と倒れていく。そして、最後には主人公の古代進が満身創痍のヤマトで、彗星帝国の超巨大戦艦に特攻する。
 僕が劇場に観に行ったのは公開が始まってから、2週目か3週目だった。後半の展開はマスコミでも伏せられていたが、古代達が死んでしまうらしいという噂は聞いていた。しかも、大変に泣ける内容であるとも聞いていた。ああ、なるほど、そういう映画なのか。僕は中学2年生だった。大人のそういった作為が気になる年齢だ。映画を観て泣くなんて、みっともないと思う年齢だ。だから「作り手の思惑通りに泣いてたまるか」と思って劇場に行った。そんなふうに身構えて観たのだけど、泣いてしまった。クライマックスに到達する前、真田志郎が死ぬあたりですでに泣いてしまった。それだけドラマに力があったのだろう。クライマックスでは、劇場で多くの観客が泣いていた。若い読者は大袈裟だと思うかもしれないが本当だ。当時のファンはそれくらい純情だったのだ。僕と同年輩のアニメファンの大半にとって、『さらば』は「劇場で泣いてしまった映画」であるはずだ。
 ここまで書いてちょっと一休み。今のところこの連載は、なるべく作品を再見しないで、当時の記憶を掘り起こし、考えを整理して書いている。今まで自分が書いた原稿とも少し記述が違うかもしれないが、その点はご勘弁を。ここでそんな事を断るのは、20代で『さらば』について書いた原稿と、このコラムで、微妙に内容が違っているような気がするからだ。もし違っているとしたら、僕の『ヤマト』に関するスタンスが、20代の頃と変わったのだろう。
 公開当時も違和感は感じていた。テレサと出逢ったシーンで、真田志郎が「宇宙の愛か……」と言い出したところで「あれ?」と思った。「真田って、そんな事を言う男か」と思ったわけだ。超巨大戦艦出現から特攻に至るまでの登場人物のやりとりに関しては、感動しつつもロジックのおかしさを感じていた。漠然とではあったけれど「このキャラクターがそんな事を言うのか?」という疑問もあった。それでも『さらば』で『ヤマト』シリーズが終わっていれば、よい想い出になっていただろう。だが、同年10月に『宇宙戦艦ヤマト2』の放映がスタート。これは『さらば』をベースにして作られた『宇宙戦艦ヤマト』のTVシリーズ第2作だ。『さらば』とほぼ同じストーリーで進みながら終盤の展開が異なっており、『ヤマト2』では、ラストで古代達が死ぬ事はなかった。さらに『ヤマト2』に続くかたちでTVスペシャル、TVシリーズ第3作、劇場第3作、第4作と、次々に『ヤマト』の続編が作られた。多くのファンが「俺達が、あの時に劇場で流した涙はなんだったんだ」と思ったはずだ。少なくとも僕はそう思ったし、それが『ヤマト』に対する熱が冷めていくきっかけとなった。
 そういった感情的な事はおいておいて、作品自体について考えると、やはり『さらば』は凄い作品だった。物語のスケールの大きさ、緩急を心得た演出、あっと驚く大仕掛け。『さらば』公開当時、国内で2時間を越えるアニメ映画は、2時間8分の『千夜一夜物語』、2時間10分の劇場版『宇宙戦艦ヤマト』しかなかったばずだが(恐らく海外にも2時間を越えるアニメ映画はなかっただろう)、『さらば』は2時間31分。その中にみっちりとドラマが詰まっている。個々の見せ場の作り方も巧い。後半のアクションは言うまでもなく、英雄の丘に旧乗組員が集まる場面、海から発進するヤマトの格好よさ、デスラー登場の盛り上がり等々。登場するメカニックは、個々のデザインも洗練されていたし、物量の多さも凄まじいほど。新造戦艦アンドロメダなんて、デザインを見ただけで痺れた。『ヤマト』シリーズの音楽は常に聴き応えがあるが、特に『さらば』の曲は絶品。名曲揃いだ。作画に関しては荒っぽいところはあるが、作画監督が湖川友兼(当時・滋)で、ラスト80カットの原画を安彦良和が描くというゴージャスさ。他にも荒木伸吾、金田伊功をはじめ強力なメンバーが参加。当時の熱烈なファンの期待に応えるだけの内容を持った映画だった。

第9回へつづく

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(08.11.13)