アニメ様365日[小黒祐一郎]

第16回 『宝島』

 『宝島』なら、こんな風に語りたい。たとえば「男っていうのはさ……」と語り始める。あるいは「海っていうのはさ……」と始めるのでもいい。そして「シルバーって男はさ……」と話を展開させていく。話はそこにいかなくてはいけない。それも、薄暗い酒場でラム酒でも呑みながら。原作との差異に言及したり、スタッフの名前を並べて解説するのも野暮な気がする。『宝島』やジョン・シルバーを語るなら、そのように語るのが正しい。少なくも20代の頃まではそう思っていた。だけど、そんな語り方は、僕の柄ではない。だから、いつものように始めよう。
 『宝島』の放映が始まったのは1978年10月。原作は、ロバート・ルイス・スチーブンソンの同名冒険小説だ。『立体アニメーション 家なき子』の後番組であり、日本テレビと東京ムービー新社(現在のトムス・エンタテインメント)による名作路線第2作である。監督(クレジットでは演出)は出崎統、キャラクターデザインと作画監督は杉野昭夫。出崎・杉野の黄金コンビの代表作である。物語の大きな流れは、スティーブンソンの原作に沿っている。原作からのアレンジで最も大きなものは、敵役のジョン・シルバーを一種の理想の男性像として描き、ジム少年とシルバーの関係を、物語の軸とした事だ。
 冒険物としても充分すぎるほどに面白い。旅立ちの高揚感、旅の途中のエピソード、宝島についてからの海賊達との手に汗を握る攻防戦、そして、謎解き。ジャンルとしては名作ものだが、ハードでありシリアス。ギラギラしたところすらある。女性のキャラクターが出るのは、宝島に着く前と、旅が終わった後だけ。文字どおり男のアニメだ。音楽もいいし、キャストもシルバー役の若山弦蔵をはじめ名優揃い。話数が進むうちにグングンと格好よくなっていくグレー、英国紳士然としたリブシー先生、人のいいトレローニ、お調子者のカモメのパピーと、脇役達も魅力的。演出や作画がいいのはいうまでもない。大橋学の手になるオープニング、エンディングのアニメーションも素敵だった。冒険のロマンと男の世界を描いた作品であるが、それは『宇宙戦艦ヤマト』的なロマンや、松本零士的な男の世界とは違った文脈のものだった。
 観るべき点は数多いが、振り返って何かを言おうとすると、この作品の印象は「シルバーがよかった」という一言に集約される。出崎統が生みだしたキャラクターの中でも、最高の男だろう。大胆不敵であり行動的。強靱な身体と精神。強い信念を持っており、必要とあればあくどい事もする。惚れ惚れするくらい腹が据わった男。シルバーとジムの関係もいい。シルバーは、ジムを息子のように可愛がっていたが、自分が海賊である事を隠していた。シルバーには、騙されたジムの悲しみや怒りが、手に取るように分かる。だけど、ジムに対して言い訳はしない。そこが面白い。自分が彼を傷つけた事をしっかりと受け止めており、受け止めながらも、卑劣な事も辞さぬ海賊として行動し続ける。敵対しているジムを気づかうシルバーと、シルバーに怒りを感じながらも憧れの気持ちを捨てられないジム。この関係は、大人になってから観返しても面白い。むしろ、シルバーの気持ちが分かるようになっただけ、今の方が楽しめるかもしれない。
 24話「亡者の箱は満月に輝くか!?」で、ついに探して求めていた宝が見つかる。だが、ドラマの本番はその後だ。25話「潮風よ、縁があったらまた逢おう」では、ジムが船底で「シルバーにとって、一番大切なものは、なに?」と、鎖に繋がれた彼に問う。シルバーは「今は、この一杯のコーヒーさ」と答える。それは嘘でも、冗談でもなかった。シルバーは自分が宝を求めていた理由を、そして、自分にとっての「一番大切なもの」について語る。続く最終回「フリントはもう飛べない」のラストでは、10年後、成人したジムと年老いたシルバーの再会が描かれる。再会したのは酒場。シルバーは、酒を賭けた腕相撲をし、その日の酒にありつくような男になっていた。シルバーは落ちぶれたつまらない男になってしまったのか? 最後にジムが見たものは? そのラストカットの見事さ。観ていて、腹にドーンと重たいものがきた。TVアニメ史上最高のラストシーンだろう。
 さっきも言ったように、シルバーは一種の理想の男性像であり、25話の船底のシーン、最終回のラストシーンで、出崎統とスタッフ達はそれを描き切っている。本放送当時、中学生だった僕は、本当に格好いいと思ったし、憧れた。正直言うと、今でもちょっと憧れている。しかも、理想像と言っても、決して絵空事になっていない。シルバーの存在が、説得力のあるものになっているのは、スタッフが本気で描いているからだろう。出崎・杉野コンビの作品は、いつもフィルムから真剣さが感じられるのだが、特に最終回のラストシーンは、作り手の本気が漲っているのが感じられた。
 最終回は、回想で描かれるグレーの最期もいい。彼もジムと同じように敵対するシルバーに惹かれていた。宝島での冒険を終えて、故郷アイルランドの独立戦争に身を投じた彼は、勝ち目のない戦いの中で命を落とす。最後のセリフは「シルバー……、お前なら、こんな時、どう切り抜ける……」だった。シルバー自身もいいのだが「格好いい男が憧れる男」という関係性にも痺れた。

第17回へつづく

宝島 DVD-BOX

発売中
カラー/748分/片面2層/8枚組/4:3スタンダード/日本語モノラル
価格/36750円(税込)
発売元/デジタルサイト
販売元/ハピネット・ピクチャーズ
[Amazon]

(08.11.26)