アニメ様365日[小黒祐一郎]

第19回 『100万年地球の旅 バンダーブック』

 アニメブーム期には、TVスペシャルとして放映するための長編アニメが、多数作られている。それらはTVスペシャルアニメ、あるいはテレフィーチャーアニメと呼ばれていた。思いつくままにタイトルを挙げると『まえがみ太郎』『トンデモネズミ大活躍』『大恐竜時代』『キャプテン』『坊ちゃん』『二十四の瞳』『杜子春』『姿三四郎』『吾輩は猫である』『二死満塁』等々。見応えのある作品もあったが、これらは再放送の機会も少なく、ビデオソフト化されていないものもあるはずだ。
 その先駆けとなったのが、1978年8月27日に日本テレビの「24時間テレビ 愛は地球を救う」の中で放送された『100万年地球の旅 バンダーブック』だ。原作、演出は手塚治虫。チーフディレクター、キャラクターデザイン、美術構成は漫画家としても活躍している坂口尚。手塚プロダクションの作品だ。手塚が商業アニメの演出を手がけたのは、1971年の『ふしぎなメルモ』以来だろうか。とにかく、アニメブームの中、ひさしぶりに彼が作った新作アニメだった。その後、恒例となる「24時間テレビ」も、これが初の放送。また、2時間枠の長編はTVアニメ史上初だった。ちなみに日本初のスペシャルアニメも、手塚が脚本と演出を務めた『新宝島』だった。これは1時間枠で1965年に放送。
 内容は当時の流行を反映して、宇宙SFもの。ゾービ星の王子として育てられたバンダーという少年の冒険談だ。ブラック・ジャック、写楽保介、ヒゲオヤジ、ハムエッグといった手塚作品でお馴染みのキャラクターも出演。ブラック・ジャックは宇宙ギャング役で、このキャスティングは松本零士を、というか『宇宙海賊 キャプテンハーロック』を意識したものではないかと当時から思っていた。何しろダーティな宇宙ギャングで、黒マント、顔に傷である。
 物語の大筋は、手塚らしい凝ったものだ。実はバンダーは地球人の子であり、彼の両親は、人間を苦しめているコンピュータ・マザーの策略によって暗殺されていた。冒険の果てに、バンダーはブラック・ジャック達と共にタイムスリップをし、赤ん坊の自分と出逢い、死ぬ前の両親と再会する。過去を変える事はできず、両親を救う事はできなかったが、両親と会った事で、バンダーはブラック・ジャックが自分の兄である事に気づく。そして、彼らはタイムマシンで現在に戻り、マザーと戦うのだった。
 ゾービ星人は変身能力を持っており、様々な姿にメタモルフォーゼする。バンダーの血のつながらない妹であるミムールは、その変身能力でバンダーを助ける。それが本作の見どころのひとつだ。本編の大半で彼女はピンク色の小動物の姿をしており、なかなか可愛らしい。冒頭の赤ん坊のバンダーが助けられるシーンでは、王妃と乳母が、鳥の姿で現れて人間の姿(もちろん裸)に変身。その後、乳母が馬に変身し、バンダーを抱いた王妃がその馬に乗って帰る。メタモルフォーゼの設定も、この冒頭シーンも実に手塚的。また、その変身能力の設定のため、ヒロインのミムールも、2度もヌードを披露している。もっとも、ヌードといっても絵的にはあっさりしたものだが。ミムールといえば、浜辺でのバンダーとのラブシーンも印象的だ。服は着ているが、波打ち際で横になって抱き合い、唇を重ねるというもので、今の目で見るとなんて事ない場面かもしれないが、当時のアニメとしては濃厚なものだった。血がつながらないとはいえ、兄妹が愛し合うという背徳感もあった。手塚治虫らしい味つけだ。
 前も書いたように、この連載はなるべく作品を再見しないで、記憶で書くようにしているのだが、『バンダーブック』に関しては、あまりにも細部を忘れているので、DVDで観返してしまった。観て、あれ? と思った。展開が唐突だったり、強引だったり。ちょっと急いで作ってしまった感じがうかがえる。うーん、自分の記憶の中で美化されていたのだろうか。放送時には、楽しんで観た記憶がある。初の「24時間テレビ」という事によるお祭り気分もあったし、唐突な展開についても、それを「先が読めない物語」としてワクワクしていたように思う。前半には、ドラキュラが出てきたり、洋画「ウエストワールド」や「エクソシスト」のパロディがあったりする。そういった部分を「バラエティ豊かで、盛り沢山の作品」として楽しんだ。
 「愛は地球を救う」というテーマに合わせた内容でもあり、劇中で、登場人物が地球文明を批判する場面がある。地球人は互いに殺し合いを続ける愚かな存在であり、宇宙で唯一、侵略を行っている種族である。主人公達がタイムマシンで時間移動をする際には、人間の戦いの歴史、自然を破壊してきた過程も描かれている。「24時間テレビ」の枠から外して単独の作品として観ると、説教臭いくらいなのだが、本放送時には「24時間テレビ」とはこういうものなんだろうな、と納得して観た。
 地球人が愚かな存在になってしまった理由も、劇中で描かれている。シリウス8という星のシャラク博士(写楽保介)は、宇宙にある有害なパワーを分析し、「恐怖」のパワーを取りだしていた。それは様々な恐怖の元になるものであるらしい。主人公達と同時にタイムスリップした地球人が、事故を起こし、100万年前の地球に「恐怖」をまき散らしてしまったのが、地球人が間違った道を歩む事になった理由だった。「恐怖」のために地球人は歪んだ進化をしてしまったのだが、「恐怖」を地球にもたらしたのも地球人だった。「恐怖」が先か、悪い人間が先かという、ちょっとしたタイムパラドックスだ。この「恐怖」の存在については、今回観返すまですっかり忘れていた。強引な話の運び方も含めて、SFというよりは、寓話として観るべき作品なのかもしれない。
 『バンダーブック』は高視聴率を記録し、翌年の「24時間テレビ」でも、手塚治虫原案・演出(演出は共同)の『マリンエクスプレス』を放送。その後も「24時間テレビ」では連続してTVスペシャルアニメが放送された。その多くが手塚治虫関連作品だった。

第20回へつづく

100万年地球の旅 バンダーブック

販売終了
94分/カラー/片面2層/スタンダード/4:3
特典:手塚治虫の直筆絵コンテを完全動画収録(99分)、セリフ、アクションのテキストを字幕収録
発売・販売元/ジェネオンエンタテインメント
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(08.12.01)