アニメ様365日[小黒祐一郎]

第27回 おじさまとクラリス

 『ルパン三世 カリオストロの城』についてもう少しだけ。10代の頃は、この作品が大好きだった。ビデオデッキを入手してからは、TV放送を録画して何度も観た。セリフを覚えるくらい観た。何度観てもあきなかった。早起きして、最初から最後まで通して観てから学校に行った事もある。だけど、振り返ってみると、クラリスの事はそんなには好きではなかった。クラリス自身よりも、ルパンが彼女を大切に想っている事を好ましく思っていた。考えてみれば『未来少年コナン』でも、ラナ自身よりも、コナンとラナの関係性が好きだった。
 『カリ城』のルパンは、やや脂っ気の抜けた中年男である。角がとれて人柄が円くなっている。『旧ルパン』の頃の若くてギラギラした感じではない。『新ルパン』や『マモー編』の彼よりも更に年上だ。一番中年ぶりが発揮されているのが、クラリスに対する態度だ。カリオストロ公国の城下町で、レストランの娘に対して、本気でくどくつもりもないのに「おやま、俺みたい。今晩どーお?」とおどけるあたりも、見事に中年親父。
 宮崎監督も、当時の記事で中年ルパンについて言及しているはずだ。ルパンが100円ライターを使っている事についてもコメントしていた。若い頃はブランド物を好んで使っていたルパンが、『カリ城』では安くて手軽な100円ライターを使ってる。それは宮崎監督が意識してやった事だった。カップラーメン(厳密にはカップうどんか?)を食べているのもしかり。『旧ルパン』のイメージを使った回想シーンで、ルパンが10年以上前の自分について「1人で売りだそうとやっきになっている青二才」、「バカやって、いきがった挙げ句の果てに」と語っている。次元と出逢う前の話なのだろうが、まあ、『旧ルパン』の頃の自分について「青かった」と言っているわけだ。
 劇中のルパンは「くたびれた中年」というほどには、元気のない男とは描かれていない。それを承知で書くけれど、『カリ城』はちょっとくたびれた中年男が、可憐な少女と出逢った事で、少年のように溌剌と活躍する物語なのだろうと思う。あるいは、若い頃からさんざん悪さをしてきた男が、お姫さまに出逢って、王子様の役回りを演じる物語だ。「女の子が信じてくれたら、泥棒は空だって飛べるし、湖の水だって飲み干してみせるのに」と彼は言い、実際に空を飛んで彼女を救い、湖を空っぽにして宝を取りだしてみせる。この台詞の「泥棒」という言葉を、「中年男」に置き換えても問題ないはずだ。『未来少年コナン』で悪人として登場したダイスやモンスリーが、コナン達と行動を共にするうちに人柄が変わっていったように、『アルプスの少女ハイジ』のアルムおんじが、ハイジと生活するうちに優しさや安らぎを取り戻していったように、ルパンもクラリスと出逢って浄化されたのだろう。『カリ城』は中年男のためのロマンチックな物語でもある。王子様のように活躍したルパンだが、悪漢を倒して宝を手に入れた後で、魔法が解けて王子様でなくなってしまう。それがラストシーンだ。
 ルパンをそういった男として描いている事もあり、『カリ城』は『ルパン三世』シリーズの中で、番外編的な位置づけになるはずだ。であるのにも関わらず「『ルパン三世』の最高傑作」といった論旨で語られる事が多いのには、なにか違うのではないかと思ってしまう。宮崎駿監督の大傑作ではあるのは間違いないのだが。おっと、これは余談。
 中年男のルパンに対して、中学生だった僕が感情移入できたのは、彼がクラリスに対して紳士的な態度をとっているからであり、クラリスに対して潔癖なとこがあったからだろう。『旧ルパン』での不二子との大人びた駆け引きに憧れはしたけれど、自分には遠い世界の出来事だった。ルパンとクラリスの関係も自分に身近なものだとは言えないが、ルパンの言動に共感できた。だから、ラストシーンで、クラリスを抱きしるのを懸命に我慢したり、自分についてくると言うクラリスに対して「俺のように薄汚れちゃいけない」と言うのにジンときた。
 そして、時は流れた。今から6、7年前、僕は30代後半だった。『カリ城』のルパンと同年輩か、ちょっと上だろう。改めて『カリ城』を観たところ、ルパンの言動に対して、違った感想を抱いた。学生の頃はルパンに共感していたのだが、今度はルパンの考えている事が、手に取るようにわかったのだ。北の塔のてっぺんで、クラリスと再会した時に気障に振る舞ってしまう気持ちや、彼女の警戒を解くためにおどけた事を言ってしまう気持ちが、実によくわかった。ああ、そういうつもりであんな態度とっていたのね。おじさまと呼ばれて嬉しいのも、実によくわかった。よくわかって、猛烈に照れ臭くなった。「はーい、おじさんはここですよー」というセリフなんて、うわ〜、やめてくれ〜と思うくらい照れ臭い。
 それから、ラストのルパンについての印象も随分と変わった。格好つけすぎじゃないかと思った。ルパンと一緒に行ってクラリスが幸せになれるかどうかは分からないし、あそこで彼女を連れていったら映画としてまとまらない。それは分かっているけれど、ルパンは、自分のロマンチックな想いを大事にし過ぎているんじゃないか。汚れてしまってもいいから、クラリスを連れて行ってやれよ、と思った。改めて、宮崎駿はロマンチストだと思った。

第28回へつづく

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(08.12.11)