アニメ様365日[小黒祐一郎]

第30回 『赤毛のアン』

 『赤毛のアン』は長年に渡って、視聴者に愛された世界名作劇場の1本。1979年1月7日から12月30日まで、全50話が放映された。演出(監督と同義)は高畑勲。彼にとっては『アルプスの少女ハイジ』『母を訪ねて三千里』に続く同シリーズの作品であり、宮崎駿もその2作に続き、場面設定・画面構成の役職で参加。ただし、宮崎は『ルパン三世 カリオストロの城』を手がけるために第15章で降板。第18章からは桜井美知代が担当している。キャラクターデザインと作画監督は近藤喜文が、美術監督は井岡雅宏が務めている。
 高畑監督のカラーは、原作を深く読み込み、ドラマとキャラクターに距離をおいて、客観的に描ききるところにある。人物に対しては過度な理想を抱かないし、かといって、ペシミズムに陥るわけでもない。リアリズムが基調であり、シビアな題材を扱った場合には冷徹ですらある。コメディタッチの題材であっても、生真面目な目線で物語られている。僕にとっての、高畑監督の印象は「熟考し、冷静に作り上げる演出家」だ。名匠という言葉が相応しい監督だと思う。宮崎駿を含めて、彼が他の演出家、作品に与えた影響はあまりにも大きい。
 『赤毛のアン』は高畑監督の演出の確かさ、品のよさ、ユーモアが存分に楽しめる作品である。原作はルーシー・モード・モンゴメリの同名小説。アン・シャーリーは空想好きで、よく喋る少女。孤児であった彼女は、子供のいない老兄妹のマシュウとマリラに引き取られる。僕は不勉強な事に原作を読んでいないので比較はできないが、忠実な映像化であるらしい。
 本放送時でも楽しんで観ていた。アンの突飛な言動や、彼女とマリラ、マシュウのやりとりを面白いと思った。「あたしの事、コーデリアと呼んでくださらない」や「もし、アンと呼ぶんだったら、Eのついた方の綴りで呼んでください」や「……と想像してみて」といったセリフを、友達同士で会話のネタに使った覚えがある。当時の僕は中学3年生だった。シリーズ初期のアンは、ずっと年下だったけれど、彼女の自意識の強さ、思った事をはっきり言うところには共感できた。ダイアナとの友情に代表される「少女の世界」はこそばゆかったが、それも含めて楽しんでいた。ダイアローグとキャスティングも優れており、台詞を聴いているだけでも飽きない。シリーズ中にアンは成長し、やがて突飛な言動がなくなっていった。ドラマもしみじみとしたものになっていく。振り返ってみれば、アンのキャラクターが際立っていた前半の方がずっと好きだった。
 最初の数話は、実験的な内容だったと思う。「第1章 マシュウ・カスバート驚く」は、アンが迎えにきたマシュウと一緒に、グリーンゲイブルズにあるマシュウ達の家に向かう話。Aパートはアンとマシュウが出逢い、2人が乗った馬車が走り出すまで、Bパートは馬車に乗ったアンとマシュウが会話をするだけだ(会話と言っても、喋っているのは主にアンだが。第4章も同様)。会話をするだけと言っても、ドラマがないわけではない。アンは目にした景色に感動し、リンゴ並木を「歓びの白い道」と名前をつけたりする。第2章、第3章はグリーンゲイブルズを舞台にした話で、「第4章 アン・生立ちを語る」は、アンとマリラが馬車でスペンサー夫人の家に向かう話。途中でマリラの知人に出逢ったところで馬車を止め、アンが降りる場面があり、回想の挿入はあるが、基本的に最初から最後まで馬車に乗って話をするだけ。馬車は第3章のラストで走り始めており、第4章の最後でもスペンサー夫人の家には到着しない。
 では、それがつまらないかというと、これが面白い。特に、第1章の後半はベラボウに面白かった。話をしているだけなのに、なんでこんなに面白いの? と思うくらいに面白い。いや、本放送の時は引き込まれて観ていたので、「会話しているだけなのに」と思いもしなかった。数年後の再放送で、考えてみたら、何も事件らしい事件が起きていないと気がついたのだろう。
 さっき実験的な内容だったと書いたが、第1章、第4章が実験であったとするならば、それは「ダイアローグがしっかりしており、演出的な緊張感が維持されていれば、シーンの切りかえや、大きな物語の展開がなくても、視聴者を引きつけられる」という事を証明している。『アルプスの少女ハイジ』と『母を訪ねて三千里』で、高畑勲とスタッフ達は生活描写だけでも、魅力的なアニメーションを作り得る事を示した。第1章や第4章は、そんな彼らだからこそ作り得たフィルムだった。また、『赤毛のアン』は、シリーズを通して会話が主体となる作品である。第1章や第4章は、シリーズ通じての作品の魅力を、凝縮したかたちで視聴者に提示したエピソードともいえるのだろう。

第31回へつづく

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(08.12.16)