アニメ様365日[小黒祐一郎]

第34回 アンドレ 青いレモン

 本放送時、『ベルサイユのばら』シリーズ後半を熱心に観ていた。キャラクターのドラマとしても、歴史ものとしても楽しんでいた。終盤になると部屋を暗くして観た。家にあったTVは小さなものだったが、映画を観ている気分だった。
 出崎統監督となってから2話めの、20話「フェルゼン 名残りの輪舞」で、アニメのオリジナルキャラクターである吟遊詩人が登場する。片目で、足が不自由であり、アコーディオンを演奏して詩を詠う。彼はフランスの平民を代表するキャラクターで、詩の内容は平民達の気持ちを代弁したものだった。初登場時の詩は以下のようなものだ。「たった一杯の酒。こいつが命。色も恋もねえ。あるとすりゃあ、借金と飢えた家族。それぽっきり。ベルサイユの事なんか知らないねえ、オーストリアから来た王女だって、スウェーデン貴族との火遊びごっこだって。知らないね、俺達は。ベルサイユの事なんか、これぽっきりも知らないねえ。それより欲しいぜ、たった一杯の酒、たったの一杯……」。
 彼は、その後も何度か登場して、詩を詠う。基本的にはメインキャラのドラマとはリンクせず、幕間での登場だったが、アンドレと言葉を交わした事もある。ここでアンドレに言ったセリフも、実に素晴らしい。シリーズ終盤で、彼もフランス革命に身を投じ、命を落とす。そして、吟遊詩人の息子が、アコーディオンと詩を引き継ぐのだった。息子が彼の遺体を河に流す様子を、オスカルが目撃する。その時、すでにオスカルは平民側についており、アンドレも喪っていた。別々に描かれていたオスカルと、平民の代表だった男のドラマが、完結直前に交差したのだ。
 本放送時、僕にとって『ベルサイユのばら』後半の印象は、この吟遊詩人に集約されていた。彼の存在が物語に厚みを与えていた。その言葉が胸に染みた。出崎作品では、他にも詩を詠うキャラクターとして『ガンバの冒険』のシジンがいる。『雪の女王』のラギも吟遊詩人だ。詩で、物語や気持ちを表現するのが、ムードを重視する出崎作品らしい。
 出崎作品らしいポイントとしては、アランと衛兵隊のメンバーを忘れるわけにはいかない。衛兵隊の班長であるアランは、出崎作品では、ジョン・シルバーやゴロマキ権藤と同系統のキャラクターであり、無闇に男っぽい。オスカルとの対決中に、剣が折れてしまい、窮地に陥った彼は「へっ、何を言ってやがる。男ってのはな、いつもここからが勝負なんだよ」なんて、とても少女マンガが原作とは思えないセリフを口にする。僕は『ベルサイユのばら』に関しては、アニメを観てから、原作を読んでいるのだが、原作のアランはスマートな二枚目。アニメのアランが、アンドレのよき理解者といった立ち位置なのに対して、原作のアランはオスカルを愛しており、その唇を奪う展開がある。あまりの違いに驚いた。他の衛兵隊のメンバーは、『宝島』の海賊のような荒くれ男達。彼等が酔って歌うシーンがあるのだが、今にも「♪一杯やろうぜ、ヨーソロー!」と歌いだしそうだ。
 記憶の糸を手繰ってみると、僕は、本放送では終盤のフランス革命に突入した後を、より楽しんでいたようだ。現在だと、もう少し前のあたりの方がいい。アンドレがいい。アンドレが主人公に思えるくらい、アンドレがいい。生き様だけでなく、物腰がいい。出崎監督の演出と、彼のキャラクターが合っていたのだろうと思う。
 一番好きなのが、28話「アンドレ 青いレモン」だ。タイトルも凄いが、内容も凄い。シリーズのターニングポイントとなる話数だ。フェルゼンは、舞踏会で自分と踊った女性がオスカルである事に気づき、彼女が自分を想っていたのを悟る。オスカルは彼と決別し、そして、より男として生きるために、近衛隊から退くのを決意。一方、アンドレは、自分の目が見えなくなりつつ事に苦悩しつつ、自らを変えようとするオスカルに苛立ち、自分の想いをぶつける。オスカルの唇を奪い、ベッドに押し倒す。この話では、オスカル、アンドレ、フェルゼン、アントワネットの想いが錯綜。キャラクターが感情が画面から溢れ出ているかのようだ。
 この話は、名セリフも多い。かの有名な、アンドレの「赤く咲いても、白く咲いても、バラはバラだ。バラは、ライラックになれるはずがない」も、この話。しかし、僕は、フェルゼンとオスカルのやとりを、アニメ『ベルサイユのばら』の名セリフとして推したい。「この世に愛は、ふたつある。喜びの愛と、そして、苦しみの愛だ」とオスカルが言えば、フェルゼンは「いいや、オスカル。この世の愛は、たったひとつ。苦しみの愛だけだ」と返す。フェルゼンも、オスカルと同様に、悲しい愛に生きる男なのだ。フェルゼンが立ち去った後、オスカルは言う。「神よ。フェルゼンに御加護を。そして、いつか喜びの愛を彼にお与えください」と。こんな凄まじいセリフなのに、照れくささを感じないのは、ドラマのテンションの高さと、作り手の美意識ゆえだろう。
 選曲もいい。Aパートで、エンディングテーマ「愛の光と影」が挿入歌として使われているが、これ以上の使い方はないだろうと思えるほどの、見事な使い方。それから、時間の流れ方がいい。いくつものエピソードを、ギュッと詰め込んでいるのだが、心地よくドラマが進んでいく。改めて、映画的だと思った。演出だけでなく、選曲の力もあるのだろう。8年程前、DVD-BOXの構成をするために全話観返した時、この話で酔った。メロメロに酔った。

第35回へつづく

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(08.12.22)