アニメ様365日[小黒祐一郎]

第44回 『火の鳥2772 愛のコスモゾーン』の苦悩

 『火の鳥2772 愛のコスモゾーン』について、もう少し続ける。この映画のパンフレットに「手塚治虫は語る“火の鳥2772”はファンタジーだ!」というコメントが掲載されている。これは公開前年に宣伝用に作られた小冊子「火の鳥2772ニュース」から転載したものであるようだ。

 (略)なによりもこの映画で強調したいのは、物語りの面白さもさることながら、アニメ本来の面白さを見せたいですね。
 オルガは場合によっては特撮でも、主人公のゴドーもなんかでしたら実写でもできますが、火の鳥・3匹の宇宙人は、アニメじゃなきゃできません。この作品をフル・アニメでやる意義もそこにあるわけです。この作品をSF・ロマンのひとつとして「ヤマト」「999」とくらべるのは大きな間違いです。
 この作品の狙いはファンタジーなのです。路線としては「やぶにらみの暴君」の系列に属するものであり、SFとして評価されたくありませんね。(原文ママ)

 前々回(第42回 アニメブームと手塚治虫)で触れたように、「手塚治虫アニメ選集6 リボンの騎士」のインタビューも、彼はアニメはアニメならではのものを描くべきだと言っており、主張は一貫している。問題なのは『宇宙戦艦ヤマト』や『銀河鉄道999』と比べられたくないという部分だ。どうしてわざわざそんな事を言っているのか。
 この作品の企画が『宇宙戦艦ヤマト』や『銀河鉄道999』のを意識したものであるのは間違いない。同パンレットのコメントにも『宇宙戦艦ヤマト』がヒットし、それに続くかたちで『銀河鉄道999』が企画されていた事から、「単なる宇宙ものでは困る」として、火の鳥をモンスター的な悪者にし、人間と戦わせる構想を立てたとある。事実、ゴドー達が乗った宇宙船スペース・シャークは、多くの武器を装備しており、それと火の鳥の激しい戦いは、本作のクライマックスのひとつとなっている。そのシーンを『宇宙戦艦ヤマト』的と言うのは強引かもしれないが、若者向きのメカアクションになっているのは間違いない。
 主人公のゴドーやロックのキャラクターは、手塚治虫作品としては、当時のアニメの流行に近いデザイン(手塚治虫自身の言葉を借りれば「劇画的なデザイン」)だ。御厨さと美がデザインしたスペース・シャークも、鋭角的なシルエットでディテールが細かく、やはり流行にマッチしたものだった。
 前回(第43回 『火の鳥2772 愛のコスモゾーン』)触れた「SFアニメ大全集」には、次のようなやりとりがある。

手塚 (略)つまり、「ヤマト」とか「あしたのジョー」なんかのアニメみている連中は、アニメに何を求めるかというと、物語性じゃないかと思います。
小野 動きじゃないですね。
手塚 動きじゃないですね。動きがすきなのは玄人ですね。だから、今度の「火の鳥」の場合に、すごく迷ったのは、これはいわゆるアニメにするか、そういう興行上の商品として完璧な、今の観客に向く要素をもりこむか、そこらへんでものすごく悩んだですね。その悩みがそのまま出ている。

 ここで話題になっている「いわゆるアニメ」とは、動きの面白さで見せる古典的なアニメーションを指すのだろう。つまり、今の言い方で言えば「古典的なアニメーションにするか、流行のアニメの要素を盛り込むかで悩んだ」という事だ。この発言からは、彼が言う悩みが、作品の大きな構成に現れているのか、個々の描写に現れているのかは分からない。ただ、彼が古典的なアニメーションと、流行のアニメの間で揺れていた事は間違いない。
 パンフレットで「『ヤマト』『999』とくらべるのは大きな間違いです」と言っているのは、悩んだ結果として、流行のアニメにあるような要素を取り込んでしまったためではないのか。『宇宙戦艦ヤマト』『999』的なところがあると自分で思ったから、あえて「違う」と言っているのだろう。『白雪姫』の小人をモデルにした3人のコミカルな宇宙人を、僕は浮いていると感じたが、あの宇宙人は、ふたつの方向性の間で揺れた結果として生まれたものなのではないか。当時の観客向けの要素を盛り込む一方で、バランスをとるために、そういった古典的なアニメーションの魅力を盛り込んだのだろう。
 以下はやや余談めく。「SFアニメ大全集」の対談で、手塚治虫が『ルパン三世 カリオストロの城』を面白かったと言っており、東映動画の『長靴をはいた猫』と同じく、劇場用映画の感覚で作られた作品だと語っている。また『長靴をはいた猫』や『カリオストロの城』のファンは、映画マニアの中でも(「アニメマニア」ではなく「映画マニア」と言っている)長編ファンであり、『宇宙戦艦ヤマト』『999』はTVファンが観ているとも言及している。同対談の別の箇所では、『火の鳥2772 愛のコスモゾーン』は全国規模で公開される作品なので、東京のロードショーで喜んでいるアニメマニアばかりではなく、TVアニメしか観ていない人も喜ばせなくてはいけないと語っている。彼が言っているアニメマニアというのが、具体的にどんな人を指すのか、そのアニメマニアに含まれていないはずの僕にはよくわからないが、たとえば、前回にタイトルが出たラルフ・バクシの『指輪物語』を観にいくようなファンを指しているのだろう。長編ファンという言い方や、アニメマニアの捉え方など、当時の手塚治虫のアニメーションに関する感覚がうかがえる発言であり、興味深い。

第45回へつづく

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(09.01.14)