アニメ様365日[小黒祐一郎]

第50回 『ムーの白鯨』

 『ムーの白鯨』は、1980年4月5日から半年間放映されたTVシリーズだ。ジャンルとしては、「ファンジー色の強いSF」になるのだろうか。東京ムービーとしては初のオリジナル作品であり、同社としては、メカアクションが中心となるSFを手がけたのは、これが初めてだった(単にSF作品という事なら、ヒーローものの『ビッグX』を制作している)。
 3万年前、地球ではムーとアトランティスというふたつの文明が栄えていた。ムーの予言者であり指導者であったラ・ムーは、強力な軍事国家となったアトランティスを、異次元に追いやった。だが、惑星直列が起きた1982年、アトランティスが復活して、地球に対する侵攻を開始。ムーの戦士の生まれ変わりである白銀剣、白城譲、白鳥麗、白風信、白川学の5人は、謎の美少女マドーラに導かれて、イースター島に集まった。彼らは、空を飛ぶ白鯨と共に、地球に侵攻するアトランティスと戦う事になる。白鯨はサイボーグであり、ラ・ムーの頭脳が収められている。また、ラ・ムーの娘であるマドーラもサイボーグであり、戦士の復活を3万年待ち続けていた。
 戦闘中心の内容ではあるが、基本的には穏やかで、全体に透明感のある作品だった。「ゆっくりと空を飛ぶ白鯨」と「神秘的な美少女マドーラ」のビジュアルが、本作のイメージを決定していたと思う。主人公達が乗り込むムーバルという戦闘機も、まるで木材を削って作ったような素朴な外見で、これもゆっくりと飛行する。主人公達の拠点になるのは、未来的な基地ではなく、海底神殿だった。技法的な事で言えば、セルも背景も淡い色遣いで、画面構成も平面的なもの。物語の運びも緩やだった。それまでにないコンセプトの作品だった。
 当時の僕は、どちらかと言えば、熱いドラマや激しい表現が好きだったが、「こういうのもありだな」と思って、『ムーの白鯨』を観ていた。水木一郎が歌う主題歌は、作品のテイストとマッチした名曲。羽田健太郎による音楽はクラシカルだが、『宇宙戦艦ヤマト』のような重たいものではなく、軽やかなところがあり、それがよかった。この作品のサントラは気に入っていて、当時よく聴いていた。
 この作品については、方向性を決める段階で、誰がイニシアチブをとったのかが気になっていた。大抵の場合、オリジナル作品であっても原案、あるいは原作として、誰かの名前をクレジットするものだ。例えば『機動戦士ガンダム』なら矢立肇と富野喜幸が、『超時空要塞マクロス』ならスタジオぬえが、原作としてクレジットされている。だが、『ムーの白鯨』にはそういった役職がない。
 2004年にこの作品のDVD-BOXがリリースされた。その解説書に掲載された今沢哲男チーフ・ディレクターのインタビューによれば、最初によみうりテレビの福尾元夫プロデューサーが「鯨が空を飛ぶ話をやりたい」と言い、それを出発点にし、スタッフが集まって企画会議を進めたとある。ムーやアトランティスの設定は、福尾プロデューサーと、脚本家の星山博之が中心になって作ったそうだ。この情報だけでは断言はできないが、プロデューサー主体で企画が進められた作品だったのかもしれない。福尾プロデューサーがどんな方なのかは知らないが、『宇宙戦艦ヤマト2』や『宇宙空母ブルーノア』でも、担当プロデューサーとしてクレジットされている。
 チーフ・ディレクターは今沢哲男、作画監督は香西隆男と、スタッフ的には、前年9月に放映が終了した『新巨人の星II』のチームが中心となっている。福尾プロデューサーも、『新巨人の星II』に参加している。メカニック・デザイナーは、そういった役職を担当するのは珍しいアニメーターの青木悠三。美術監督は小林プロダクション出身の石垣努。「メカ修正」という役職で、金田伊功が1話のメカ作監を担当しているのが、作画マニア的には話題になった。作品の傾向に合わせての事だと思うが、当時の金田伊功にしてはケレン味のないメカアクションだったが、非常に綺麗に、そして格好よく、国連軍の戦闘機を描いている。2話以降は本橋秀之と亀垣一が、1話のラインを継承したかたちでメカ修正を担当している。
 それから、この作品は声優のキャスティングがちょっと変わっている。本放送時には何とも思わなかったが、今観ると面白い。ヒロインのマドーラは吉田理保子。彼女は『アルプスの少女ハイジ』のクララのような役もあるが、やはり彼女はお転婆なキャラクターがハマリ役で、マドーラのような儚げな美少女を演じたのは、少々意外。ムーの戦士の5人は、熱血主人公、長身、太め、小柄、紅一点という定番の構成なのだが、紅一点の白鳥麗を『ど根性ガエル』のピョン吉役でお馴染みの千々松幸子が演じている。彼女としては珍しい可愛らしい少女役で、アニメのレギュラーでは、これと『さるとびエッちゃん』のミコくらいだろう。今聞くと、麗の芝居は『ドラえもん』ののび太のママ(先代)に近いか。さらに太めの白風信を演じているのが、『機動戦士ガンダム』のブライト・ノア役の鈴置洋孝だ。信のルックスはどう見ても三枚目的なのだが、芝居は二枚目的なニュアンスが入っていて、それがいい味になっている。1話で麗、信、学が、初めて会話をするシーンは、ちょっとインパクトがある。ナレーションは安原義人で、人間味があるというか、ちょっとキャラクターが入ったナレーションになっている。

第51回へつづく

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(09.01.22)