アニメ様365日[小黒祐一郎]

第54回改訂版 「あしたのジョー」に関する2つの解釈

 この連載は、僕がその作品をリアルタイムで観た時の印象や、当時の思い出を中心に書いている。これまでも多少の例外はあったが、今回と次回もまた例外となる。僕は『あしたのジョー2』のDVD-BOXやBlu-ray BOXで解説書の編集を担当した。その度に色々と考える事があった。年齢を重ねてから観直すと、当時気がつかなかった事に気づく。それを解説書に書こうかとも思ったのだが、明らかに個人的な見解だろうと判断して書くのを我慢した。それについて書きたい。
 僕が「あしたのジョー」最終回ラストシーンがちばてつやのアイデアである事を知ったのは、最近の事だ。どちらが先だったかは覚えていないが、夏目房之介の著作か、梶原一騎の評伝のどちらかを読んでそれを知った。梶原が最終回のために書いた原作では、ラストでジョーはホセに判定負けをするが、それに対して段平が「試合では負けたが、ケンカには勝ったんだ」と言う。そして、ジョーは余生を白木葉子と共に送る、というものだったらしい。ちばはそれに納得できず、梶原の了解をとって別のラストシーンを創り出す事になった。
 ラストシーンを創るヒントになったのは、カーロス戦の後のジョーと紀子の会話だった。紀子は、ジョーにはボクシングしかない、それは青春と呼ぶには悲惨すぎると言う。それに対してジョーは、自分はボクシングに充実感を感じていると答える。ほんの一瞬だけだが真っ赤に燃え上がって、あとにはまっ白な灰だけが残るのだと言うのだ。『あしたのジョー2』では「第14話 どこにある…ジョーの青春」で、そのジョーと紀子の場面があり、アニメでも名場面となっている。物語は進み、ホセ戦の途中でジョーが回想するかたちで、その紀子との会話がリフレインされる。そして、ジョーが段平に対して「おれは……まだまっ白になりきっていねぇんだぜ」と言って、試合を続ける事を望む。『あしたのジョー2』では「第46話 凄絶…果てしなき死闘」の終盤だ。ここでジョーが、真っ白に燃えつきるまで戦おうとしている事が明らかになり、ラストシーンにつながる。ジョーは望み通りに、真っ白になるまで自分を燃やしつくした。
 この逸話を知って面白いと思ったのは、ちばてつやが、梶原一騎の書いた物語に対して、批評的だったという事だ。批評的という言葉が違うならば、物語を読み直して、自分なりの解釈でラストシーンを作り直した。そして、出崎監督もそれと近しい事をやっているのだ。
 出崎監督はラストシーンに対して、新しい解釈を加えた。「ジョーは旅立っていったのかもしれない」という解釈である。『あしたのジョー2』のラストシーンでは、真っ白に燃えつきたジョーの映像に、夕陽を背にして旅をしている彼の姿がインサートされている。それはジョーがどこかに旅立った事を表現したものだ。その意図についてはインタビュー記事で、出崎監督自身がコメントしている。
 「燃えつきた」と「旅立った」の間に矛盾はない。旅をしていた矢吹丈という若者が、たまたま泪橋に立ち寄って、しばらくそこに留まり、ボクシングに青春を燃やした。そして、ホセと戦って燃えつきた後で、またどこかに旅立っていった。ジョーにとってボクシングとは、長い人生の中の1ページに過ぎなかったのだ。
 「旅立っていったのかもしれない」という解釈を入れた事で、死の可能性を完全に否定したわけではないが、原作ラストシーンよりも「生寄り」のイメージであり、ジョーが生きている事を望むファンにとって、喜ばしいラストであったはずだ。勿論『あしたのジョー2』のラストシーンを観た人の全てが、「ジョーが旅立った」と思ったわけではない。そう思うきっかけになる描写を入れただけだ。僕も、本放送時にラストシーンを観た時には「旅立った」とまでは思わなかった。物語を読み込む能力が低かったのかもしれない。ただ、「ジョーは死んだんだ」とも思わなかった。それは、ジョーが旅をする姿が挿入されていたせいかもしれないし、物語の組み立てや音響演出のためかもしれない。
 ちばてつやは、それまでの物語の中にあった「真っ白に燃えつきるまで」というジョーの想いを拾い上げ、それをジョー自身の人生のテーマとして扱い、ラストシーンを作り上げた。そうやって完成した作品を、今度は出崎監督が読み込んで、新しい解釈を加えて物語を練り直した。同じ物語が二度解釈されているわけだ。『あしたのジョー2』には、その物語に対するちばてつやの解釈と、出崎監督の解釈が入っている。

第55回へつづく

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(09.01.28)