アニメ様365日[小黒祐一郎]

第55回 矢吹丈とは何者なのか

 前回(第54回改訂版 「あしたのジョー」に関する2つの解釈)に続き、『あしたのジョー2』についての最近思った事を記しておきしたい。出崎監督は、矢吹丈という人物に「旅人」というキャラクターを与えたのだろうと思う。「旅」とは出崎作品に共通するテーマであり、モチーフだ。ラストだけでなく『あしたのジョー2』のシリーズを通じて、ジョーは旅人として扱われている。後期オープニングの映像は、夕陽を背に旅をしているジョーであり、それが象徴的だ。1話では段平が「あいつは生まれついての風来坊だ」と言っている。ジョーがテンプルを打てずに苦しんでいる時には、ドヤ街のサチや太郎達が、彼がまたどこかに行ってしまわないか心配し、また、ゴロマキ権藤が一緒に旅にいかないかと誘っている。誘われた時に、ジョーは動揺した。旅に行きたいと思ったのだ。
 「第18話 あのナックルが…烙印のメッセージ」で、ホセ・メンドーサは、初めて会ったジョーに対する感想として「Joe Yabuki, where he came from, and where he is going to go?(矢吹丈、彼はいったいどこから来、そして、どこへ行くつもりなのか?)」という言葉を残している。ジョーは富や名声には興味がないようだ。祖国や家族のために戦うわけでもない。ならば、何のためにチャンピオンと戦おうとするのか。それは『あしたのジョー2』という作品にとって、非常に重要な問いかけだ。作り手はドラマを通して、その問いかけに答えようとしたのだと思う。『あしたのジョー2』シリーズ終盤は、構成が複雑になっている。大きな物語の流れはシンプルなのだが、回想が幾つも積み重ねられている。その事によって「ジョーとは何者だったのか」を描いたのだろうと思う。
 「第43話 ジョー・段平…二人の日々」で、ジョーが、ボクシングを始める前の自分が何を考えていたのかを思い出せないと言い出したところから、それが始まる。「第44話 葉子…その愛」では、ジョーが、孤児院時代の思い出を段平に語る。孤児院にいた彼は、年に2回の遠足が楽しみだった。遠足の度に遠足の列から脱走していた。大抵は山の向こうを目指した。山の向こうには「すげえところ」があるような気がしていたのだ。ボクシングを始める前のジョーには、本気で燃えられるものがなかったのだろう。彼は空っぽだった。だから、何を考えていたのか思い出せない。記憶の糸を手繰っていって、孤児院時代の脱走を思い出したに違いない。
 続く「第45話 ホセ対ジョー…闘いのゴングが鳴った」でホセ戦が始まり、試合の途中で回想として、再び孤児院時代の脱走の思い出が挿入される。そして、ジョー自身の言葉があり、孤児院時代から現在に至るまで、ずっと「先の事なんか分からなくても、なんとかなるさ」と思って、ガムシャラに困難に挑み、乗り越えている事がわかる。彼にとっては山を越える事も、ホセに挑む事も同じ事なのだ。今でも、山の向こうに「すげえところ」があると信じて走っている子供の頃と、変わっていないのだろう。
 「第46話 凄絶…果てしなき死闘」では、ラウンドとラウンドの間の休憩で、ジョーが夢を見る。世界チャンピオンの座をかけて力石とグローブを交えようとするが、力石の姿がカーロスに変わり、次に力石になる。これは、ジョーが生涯のライバルであった力石の代わりを求めており、それがカーロスであり、ホセであるという意味だろう。
 同話では、紀子との回想が二度挿入される。一度目がアニメのオリジナルシーンであり、これが重要だ。ジョーにとってはホセとの試合の前、紀子にとっては西との結婚について悩んでいる時期の事だ。西との結婚についてジョーと話した後で、紀子は「今度の試合が終わったらどうするの?」と問う。ジョーが、そんな事は終わってみないと分からないと答えると、紀子は、ジョーが旅に行くのではないかと言う。「そう、旅。矢吹君、また旅に出てしまいそうな、そんな気が、今、フッとしたの。(中略)この泪橋に来たときのように、風に吹かれて、口笛ふいて。そんな気が……」。そう言われたジョーは「旅か……ああ、そいつはいいな」と口にする。さらにその回想が終わった後、ジョーは試合中に「悪かねえな。悪かねえ。ああ、また旅に出るのはよ……」と独りごちる。彼はまた孤児院時代の脱走を思い出す。その時は、北国の海沿いの街を放浪していたようだ。そして、「今度もまた、北に行ってみるか……」と口にする。1話で泪橋に帰って以来、ボクシングに熱中していたジョーは、旅の事を忘れていたのだろう。ジョーが旅人である事を決定づける描写だ。
 二度目の回想が、原作にもある「真っ白な灰」のフレーズが出てくるもの。前回触れたシーンだ。これで、ジョーが真っ白に燃えつきるまで戦おうとしている事が分かる。この二つの紀子との回想が、続く最終回「第47話 青春はいま…燃えつきた」ラストの、燃えつきたシーンに繋がるわけだ。つまり、ジョーは燃えつきて、旅立っていったのだ。
 ジョーは基本的には旅人であり、旅人である彼が、たまたま出逢ったボクシングで、青春の炎を燃やしつくそうとした。子供の頃に「すげえところ」があるような気がして、山の向こうに行こうとしたように、力石を越えようとした。そして、今はホセを越えようとしている。目的は山を越える事ではなくて、越えようとして充実感を味わう事だった。劇中ではそこまでは語られていないが、ボクシングも彼にとっては「旅のひとつ」なのだろうと思う。楽しく野山を歩くような旅もあれば、高い山を越えるために頑張る旅もあるのだ。ジョーがどこから来たのか分からないのは「旅人」だからであり、彼が戦う理由は「燃えつきるため」なのだ。それがホセの問いに対する回答だろう。どうしてジョーが燃えつきようとしたのか、という事の説明にもなっている。

第56回へつづく

あしたのジョー2 Blu-ray Disc BOX 1

カラー/591分/リニアPCM(ステレオ)/AVC/BD50G×4枚/4:3<1080p High Definition>
価格/33,600円(税込)
発売・販売元/バンダイビジュアル
[Amazon]

あしたのジョー2 Blu-ray Disc BOX 2

カラー/約564分/リニアPCM(ステレオ)/AVC/BD50G×4枚/4:3<1080p High Definition>
価格/33,600円(税込)
発売・販売元/バンダイビジュアル
[Amazon]

(09.01.29)