第58回 遠くなってしまった青春
26話、27話と並ぶエピソードが、ここまででも何度か話題にした「第44話 葉子…その愛」だ。これは本放送でも好きな話だった。ホセ戦直前の話数であり、各キャラクターのジョーへの想いが描かれる。僕は須賀清が好きで、この話の彼の描写にも思い入れがある。Blu-ray BOX 2の解説書で書いたばかりなので、あまり詳しくは書かないが、須賀が歩道橋の上にいる構図は、1話冒頭でジョーが街をうろついていた時と同じものだ。そこで須賀は、自分はルポライター失格だと独りごちる。ジョーが一時期、ボクシングから離れていたように、須賀も本当に自分がやりたい事とは別の事をやっていたのかもしれない。今はそのように考えている。色々と考えさせられる描写だ。
ホセ戦の前夜には、あのウルフが丹下ジムにやってくる。27話で借りた金を、ジョーに返しに来たのだ。前回の文脈で言うなら、ウルフは、まだ誇りを失っていなかったのだ。スナックで楽しげに語り合う2人。たまたまその店に居合わせたゴロマキ権藤は、2人を横目に見て、一足早い祝杯をあげる。軽いタッチで描かれているが、なんとも言えないいいシーンだ。
そして、44話のオリジナル部分で白眉とも言うべきは、やはり、ガイコツ、ゲリラ、青山といった、ジョーの特等少年院時代の仲間が、喫茶店に集まったシーンだろう。彼らはホセ戦を観戦するために待ち合わせをした。ゲリラと青山は、ワイシャツにネクタイ姿だ。彼らは、今ではきちんとした社会人となり、堅実に働いている。青山が言う。自分達は何とか社会に適応して、仕事もやれるようになったが、青春の輝きのようなものを失ってしまったような気がする。でも、矢吹丈だけは、あの頃と変わっていない。「僕達が過ごしてきた遠い青春」をいまだに引きずっているような気がする。それが嬉しいというのだ。だから、彼らは、今でも青春を燃やし続けているジョーを応援する。そのシーンでゲリラが言っているように、ジョーは彼らの誇りなのだ。「いつまでも青春の炎を燃やし続ける男」も、「矢吹丈とは何者なのか」という問いかけに対する答えなのだろう。
青山が、まるで作家のような洒落た言い回しをするので、仲間の1人が「お前、今、小説家とか学校の先生とか、そんな事やってるの」と問うと、彼は地方の小さな工場で工員をやっていると答える。その後に彼らを訪れる沈黙。その沈黙は自分達の現実が、あまりに地に足がついたものであり、青山が言うところの「青春」が、遥か彼方になってしまったと実感してしまったために生まれたものだろう。ここが、実に切ない。
前回話題にした「敗者の栄光」とは似て非なる話だ。どちらもヒーローになれなかった人間の話ではあるが、青山達は栄光をつかむために努力をしていたわけでもない。彼らはマジメに働き、堅実に日々を送っている。そのように真っ当な社会人として生きていく事を、誰も否定する事はできない。ではあるけれど、チラと「これで、よかったのだろうか」と思う瞬間があるのではないか。世の中のほとんどの人間が、青山側にいるのだろうと思う。だから、高校生だった本放送時にも、僕は青山達の気持ちは理解できたし、共感した。僕は本放送当時、原作をきっちりと読んでいたわけではないので、これを原作にもある名場面だと信じて疑わなかった。それくらい、いい場面だった。本放送時に『あしたのジョー2』で一番の名場面はここだろうと思ったし、今でもその気持ちは変わっていない。
ところで設定的な事を考えると、このシーンには少し違和感がある。劇中でのジョーの年齢は明かではないが、おそらくは10代後半か、いっても20歳ぐらいだろう。ガイコツや青山がジョーと同年輩だとすると、この場面での彼らの言い方は、老成しすぎてはいないだろうか。それは彼らだけでなく、シリーズを通じてのジョーの描写にも言える事だ。『あしたのジョー2』におけるジョーの言動は、ひどく大人びたところがある。その理由は、おそらくはこうだ。劇中では、ジョーが泪橋に来てから数年しか経っていないが、アニメ版に関しては中断していた期間があるため、制作者にとっては物語の開始から10年が経っている。その事が、キャラクターの解釈や描写に影響を与えているのだろう。また、それが、作品全体の大人びた雰囲気を形作っているのだろう。
第59回へつづく
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(09.02.03)