アニメ様365日[小黒祐一郎]

第59回 『あしたのジョー2』の真骨頂

 『あしたのジョー2』についての話が随分と長くなってしまったが、今回で一段落させる。この作品の本放送から30年近い歳月が流れた。面白いもので、好きな部分が変わり続けている。今でも本放送で夢中になって観た1話やカーロス戦は好きだし、30歳を過ぎてから感銘を受けた村上輝明の話や、ウルフが金を借りに来る話も傑作だと思う。40歳を過ぎてからは、もっと地味な話にジンとくるようになった。あるいは物語に直接関係ないような、日常的な描写がいいと思う。
 例えば「第13話 丹下ジムは…不滅です」だ。前にも少しだけ触れたが、西の引退披露パーティの模様を描いた話だ。試合で拳を痛めた西は、仕方なくボクシングを引退する事になった。パーティを前にして、ジョーが本当にボクシングを辞めていいのかと問うと、西はもうふっきれていると応える。パーティの途中でも、ジョーは西のために何かやりたいと思い、料理をしている紀子に何か手伝う事はないかと言う。西はスピーチをする事になるが、感極まって言葉にならない。そこで彼は、最後にジョーとスパーリングがやりたいと言い出す。本当にボクシングの事をふっきるために、ジョーと拳を交わしたいというのだ。このあたりでホロリとくる。
 スパーリングが始まってすぐに、ジョーのパンチを受けて西はダウンする。西はジョーのパンチを誉めて、段平に言う。「おっちゃん、ホンマに安心してええで。このジョーがある限り、丹下ジムは不滅や。いや、ボクシングがわいの青春やったいうわいの誇りは、永遠に不滅や!」。音楽が盛り上がり、再び西はジョーに向かっていく。ここでまたホロリとくる。「わいの青春」なんて言葉が出てくるが、まるでクサくない。むしろ、清々しいくらいだ。
 13話は、村上輝明が登場する「第26話 チャンピオン…そして、敗者の栄光」と同じく、「敗者の栄光」をテーマにしたエピソードではある。最後のスパーリングは盛り上がるし、そこに至るまでに西の葛藤もある。だが、この話は淡々とした日常的な描写が多く、むしろ、そちらがメインの話かもしれない。日常的な描写の積み重ねがあり、引退披露パーティとなり、最後にスパーリングをやるという構成だ。パーティの準備をするジョー、子供達、段平の描写もいい。
 13話は正月の話でもある。ジョーが起きると、すでに段平は年始回りに出かけていた。雑煮と簡単なお節が用意してあり、段平の「わしのつくったぞうにじゃ おいしいぞ おきたらくえ」の手紙が添えられていた。それを見てジョーは「ハハハ」と笑う。ジョーが笑ったのは、段平の思いやりがくすぐったかったからだろう。それを食べ終えた後で、ジョーは誰もいないのに、箸を置いて「ごちそうさん」と言う。いや、段平が目の前にいたら、そんな殊勝な態度はとらないはずだ(後で、その日の晩飯のシーンがあるのだが、晩飯も雑煮だった。朝には心遣いをありがたいと思ったジョーが、段平に向かって「また雑煮か」と文句を言い、食べた後で「ごちそうさん。まあ、何とか食えたよ」と言っている)。やや余談めくが、段平が作った雑煮は背景描きだ。ハードなタッチで描かれおり、美味しそうではないが、そのタッチゆえに、段平が想いを込めて作ったものである事が表現されていると思う。あっさりとしているが、好きな場面だ。
 その後でドヤ街の子供達が訪れて、ジョーと遊ぶ。ジョーは百人一首でもやるのかと思ったら、子供達が持ってきたのは花札だった。「まいったねえ。カルタっていうから、俺は百人一首か、いろはカルタだと思ったよ」とジョーが言うと、子供達は笑う。子供達が花札に興じる声が流れる中、カメラは丹下ジム全景を撮す。明るい日射し。ジムの背後には青い空。白い雲が流れていく。いかにも正月らしいのどかさだ。
 他にも『あしたのジョー2』には、そういった日常の何気ない場面を、魅力的に描いたシーンが沢山ある。そういうシーンを観てホッとする。ホッとするだけでなく、ジワジワと感じるものがある。今では、そういった描写こそが『あしたのジョー2』の真骨頂ではないかと思っている。キャラクターの感情、それぞれの場面の情感を、豊かに描き出している作品だ。大きな物語の流れや派手な映像だけでなく、ダイアローグやキャラクターの立ち振る舞いで、描くべき生きざまや人生観を表現している。ドラマチックなシーンもいいのだが、むしろ、日常的なしみじみとした場面で、そういった表現力の高さを感じる。

第60回へつづく

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(09.02.04)