アニメ様365日[小黒祐一郎]

第63回 『がんばれ元気』

 『がんばれ元気』の原作は、当時人気だった小山ゆうの同名ボクシングマンガ。僕は、原作も連載で読んでいた。ボクシングものといっても、主人公がハングリーであり、英雄的なところがある『あしたのジョー』とはかなりタッチが違っていた。主人公の堀口元気は、どちらかと言えば優等生的な少年だった。内容的にも、しっとりしたところのある作品だったと記憶している。アニメのメインスタッフは、チーフディレクターがりん・たろう(現りんたろう)、キャラクター設定が小松原一男、美術設定が椋尾篁と、劇場版『銀河鉄道999』のトリオが参加。プロデューサーも同じく高見義雄だ。放映開始は1980年7月16日。全35話。視聴率的に苦戦し、残念な事に、物語の途中で放送が終了している。
 この作品はCS等では再放送されていると思うが、僕は本放送以来、再見する機会がない。だから、今回も記憶モードで書く。『がんばれ元気』は1話が非常によかった印象がある。主人公の元気が、草ボクシングをしている父親と旅をしている様子を描いたもので、しみじみとした情緒があった。りん監督はダイナミックな大作や、華麗な映像で評価される事が多いが、センチメンタルな感覚も彼の持ち味であると思う。明暗を強調した美術もよかった。
 1話に関しては、小松原一男の仕事が忘れられない。元気や旅で出逢う人達の作画もいいのだが、特に印象に残っているのが、芦川先生だ。後に、成長した元気の担任になる女性である。これは原作にはない展開で、旅先でまだ幼い元気が、女子高生の芦川先生と出逢って言葉を交わす。カメラがPAN‐UPして、芦川先生が微笑むというカットがあり、それが素晴らしかった。ドキっとした。当時は言葉にできなかったけれど、その画には、清純さと色気が同居していたのだろう。
 小松原一男は、僕が好きなアニメーターの1人だ。『タイガーマスク』や『ゲッターロボ』の頃の仕事もいいのだが、この頃の画が一番好きだ。『がんばれ元気』の前後は線が洗練されていて、色気があった。そして、小松原一男の仕事で一番好きなカットを選ぶとしたら、1話のPAN‐UPする芦川先生だろう。前にも書いたが(第4回 スタジオ見学)、当時、僕はセル画を集めていた。本放送から数年後に、幸運にもその芦川先生のセルを入手できた。セル画コレクションのほとんどは処分してしまったのだが、そのセルは手放す事ができず、今でも残してある。
 『がんばれ元気』はオープニング、エンディングもよかった。オープニングもエンディングも、1話と同様に(あるいはそれ以上に)日本的な情緒が感じられるものだった。オープニングで言えば、山道を元気が手前に走ってくるファーストカット、元気の頭に柿が落ちてくるカットが印象的だ。エンディングに関しては、成長した元気が雨宿りしているシークエンスが抜群にいい。雨宿りのシークエンスは3カットある。雨宿りするのは、昔風の宿屋と思しき建物の前だ。最初のカットでは、キャラクターはおらず、雨が降っているだけ。2度目は画面左に女子高生(もう1人のヒロインの石田とも子なのだろうけど、微妙に画の感じが違うはず)が立っていて、元気はその隣でシャドーボクシングをしている。3度目では、今度は女子高生がいない。元気は「つまんないなー」という感じで、背後の建物に寄りかかっている。シャドーボクシングをしていた時は、女子高生の目を気にしていたのだろう。女子高生の画が硬い感じで、それがまたリアルだった。甘酸っぱい感じがよかった。
 「TVアニメ25年史」(徳間書店)の『がんばれ元気』の解説をみると、「日本情緒を意識した生活感あふれる画面描写は高く評価され」とある。シリーズを通じて、そういった調子で作られていたのかどうかというと記憶が曖昧だ。1話やオープニング、エンディングの感じを、そのまま維持してはいなかったと思う。スタッフ的な事で言うと、シリーズ途中にキャラクター設定が小松原一男から、香西隆男に交替しているはずだ。多分、『さよなら銀河鉄道999 —アンドロメダ終着駅—』に参加するために、小松原一男が降りる事になったのだろう(元気が成長したところで、スポコンものが得意な香西隆男に変えたのかもしれない)。27話の「秀才岡村の挑戦」という話だったと思うが、各話作監として小松原一男がシャープに描いた元気を、総作監的な立場で香西隆男が、こってりした画に直した原画を見た事がある。香西隆男は、自分の仕事をきっちりやっているだけなので決して悪くはないのだが、その原画を見た時はちょっと残念に思った。

第64回へつづく

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(09.02.10)