アニメ様365日[小黒祐一郎]

第64回 『伝説巨神イデオン』(TV版)

 富野喜幸(現・由悠季)監督の代表作を1本選ぶとしたら、どれになるのだろうか。最も知られており、商業的に成功を収めたタイトルは、間違いなく『機動戦士ガンダム』だ。だが、彼の作家性がもっとも色濃く出た作品は『伝説巨神イデオン』か、『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』のどちらかだろうと思う。
 『伝説巨神イデオン』は、『機動戦士ガンダム』の次回作として富野監督が発表した作品だ。ジョーダン・ベスを始めとする地球人達は、移民星のソロ星において、伝説のエネルギー・イデを求める異星人バッフ・クランと遭遇した。ベス達は、第六文明人の遺跡から発掘した宇宙船のソロシップ、巨大ロボットのイデオンで、バッフ・クランを撃退。バッフ・クランと戦いながら、ソロシップで逃亡の旅を続ける。イデは単なるエネルギーではなく、それ自体が意志を持っていた。イデはバッフ・クランだけでなく、ソロシップのクルー達も翻弄し続ける。イデオンのメインパイロットであるユウキ・コスモが主人公であるが、本作は群像劇のかたちをとっており、必ずしも彼を追って物語が進むわけではなかった。
 放映されたのは1980年5月8日から、翌年1月30日まで。全39話だが、これは当初予定されていた本数ではない。玩具の売り上げが思ったように伸びず、最終回の数回前に放送打ち切りとなってしまったのだ。1982年に公開される劇場作品『THE IDEON Be INVOKED 発動篇』で、本作はようやく真の意味で完結を迎える事になる。キャラクターデザインは、これが代表作となる湖川友謙。リアルであり、クールな印象のデザインだった。前作『機動戦士ガンダム』での安彦良和のデザインが、柔らかく暖かいものだったのとは対照的だった。中堅のアニメーターさんと話をすると「安彦さん、湖川さんのどちらに影響を受けたか」という話題になる事が多い。2人のデザインは、後の作品に多大な影響を与えている。
 『伝説巨神イデオン』に関しては、後に発表される劇場版『発動篇』と切り分けて考えるのが難しい。以下は『発動篇』を交えての印象だ。とにかく人が死ぬアニメだ。大勢いた登場人物が『発動篇』ラストまでに全てが死んでしまう。その物語を一言で表現するなら「壮絶」。生と死のギリギリの一線で展開される物語であり、アニメでこれほど「人の死」を実感した事はなかった。
 テーマは「人と人のコミュニケーション」だろう。「コミュニケーションの断絶」という言い方でもいい。人間とバッフ・クランの関係、人間同士の関係、バッフ・クラン同士の関係を通じて、誤解や立場の違いから生まれる対立や憎しみ、そして、ほんのわずかな人の和が描かれる。真摯に「人間」を描こうとしており、作品の根底には強烈なペシミズムがある。「よき人間とは、よき生き方とは何か」を探りながら作られた作品とも言えよう。そのペシミズムゆえに、『伝説巨神イデオン』は観ていて辛くなるのだが、その辛さは快感でもある。どうして快感を感じるかと言えば、人間の本質的なところを抉っているからだろう。この作品は「哲学的」と評される事がある。哲学という言葉が適切なのかどうかは僕には分からないが、高次なテーマやドラマに挑んだ作品である事は間違いない。
 ではあるが、本放送が始まった頃、僕にとってこの作品の印象は、あまりよいものではなかった。はっきり言ってしまうと、TVシリーズ前半に関しては、あまり面白いと思わなかった。特に1話は不満を感じた。主人公達が暮らしているところに、敵が来て、たまたまそこにあったロボットに乗り込んで勝つ。なんだ、『ガンダム』の1話と同じじゃないかと思った。劇中でキャラクターも突っ込んでるのだが、やはりイデオンはどう見てもメカニカルなロボットであり、発掘された伝説の巨神には見えなかった。キャラクターデザインに関しても、最初はあまり魅力を感じなかった。シリーズ終盤や『発動篇』を観てから観返すと、ギスギスした人間関係を楽しむ事ができる。いや、それこそが本作の魅力だと思うのだが、放送が始まった頃は、それが理解できなかった。なんだか楽しくないなあと思っていた。
 『伝説巨神イデオン』は、スロースターターだったのだ。ドラマも映像も、徐々にテンションが上がっていく。戦闘のスケールも大きくなり、イデオンもパワーアップしていった。終盤では惑星を真っ二つに切断している。そういった過激さにワクワクした。シリーズ後半には、まだ新人アニメーターだった板野一郎が、かつてないスピード感のあるメカ作画を披露。これが板野サーカスの始まりと言われている。それもシリーズのテンションを上げるのに一役買っている。
 本当に面白くなるのは、バッフ・クランのギジェ・ザラルが、ソロシップに乗り込んだあたり。いや、彼がイデオンに乗り込んだあたりからだろう。ギジェと、幸薄い女性であるフォルモッサ・シェリルの関係も見どころのひとつだが、本放送時は、いまひとつピンとこなかった。頭では理解できたのだが、感覚としては分からなかったのだ。20代後半になって観返した時に、本編で直接描かれていない部分も含めて、シェリルのドラマが実感できた。TVシリーズ最終回「コスモスに君と」の終わり方は、かなり唐突なものだった。面白くなってきたところだったので、「えっ、こんなふうに終わっちゃうの」と思った。

第65回へつづく

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(09.02.12)