アニメ様365日[小黒祐一郎]

第88回 『夏への扉』を作ったチーム

 『夏への扉』のメインスタッフは、監督が真崎守、作画監督が富沢和雄、画面構成が川尻善昭、美術監督が石川山子というメンバーだった。真崎守はかつて虫プロに所属し、『佐武と市捕物控』等を手がけけていたが、その後、マンガ家として活躍。これ以前も『アニメーション紀行 マルコ・ポーロの冒険』等で、マッドハウス作品に参加しているのだが、僕はマンガ家としての印象が強かった。『夏への扉』公開時には「マンガ家が監督した映画」だと思っていた。富沢和雄は、これまでにも何度か触れたスタジオZに所属していたアニメーターで、『無敵超人ザンボット3』や『無敵鋼人ダイターン3』で傑作を残していた。彼の画風は杉野昭夫に通じるところがあり、マッドハウスの作品は見事に合っていた。後に『妖獣都市』で監督としてブレイクする川尻善昭は、この当時は「猛烈に早くて、猛烈に巧い」敏腕アニメーターだった。石川山子はサンリオのアニメーション部門に所属していたが、平田敏夫の紹介で、マッドハウスで仕事をする事になった。寡作ではあるが、非常に濃密な仕事をする美術作家だ。
 「第80回 『ユニコ』」「第86回 マッドハウスの2度目の黄金期」で、マッドハウスの黄金期について触れた。2度目の黄金期が始まったのは、本格的な劇場作品の制作に乗り出した『ユニコ』だと思うが、クリエイターが揃い、勢いづくのが『夏への扉』だ。真崎守も、ここから連続して監督をするようになり、川尻善昭も画面構成の役職が続く。富沢和雄も石川山子も、マッドハウスの主力クリエイターとして活躍する事になる。実際には、出崎統と杉野昭夫というカリスマを失ったマッドハウスが、苦肉の策として、新チームを結成したのだろうと思われるが、この新チームは素晴らしい成果を上げた。第86回でも触れたが、この時期のマッドハウス作品は、チーム編成の仕方が面白い。『夏への扉』も、スタッフ配置の巧みさが光る作品だ。
 初見時から「この作品はどのようにして作られたのだろうか?」と不思議に思っていた。当時、上記のようなスタッフについての知識もなかったが、なんとなく「監督がコンテをきって、それを作画していく」といった通常の作り方ではないような気がしていた。そう思うくらい、映像に豊かなものを感じていた。近年になって、平田敏夫や川尻善昭に話を聞く事ができて、ある程度、その謎が解けた。
 僕が取材で聞いた話をまとめると、以下のようになる。絵コンテを描いたのは真崎守。川尻善昭は全カットのレイアウト、ラフ原画を担当。タイムシートまで書いたそうだ。「PLUS MADHOUSE 02 川尻善昭」での川尻善昭のロングインタビューで聞いた話では、真崎守の絵コンテは映像的に斬新なものだったが、どこか男っぽいところがあった。そのため彼が、レイアウトの段階で少女マンガの繊細さに近づける努力をしたのだという。カット割りやカメラワークも手直ししているらしい。さらにこの作品では、平田敏夫が演出補佐の役職でクレジットされている。その仕事内容については、アニメージュの「この人に話を聞きたい」で聞いている。以下が、その抜粋だ(「この人に話を聞きたい」の平田敏夫インタビューは「WEBアニメスタイル」旧サイトに全文掲載している。こちらをどうぞ)。

—— 『夏への扉』では、平田さんの役職は演出補佐になっているんですが。具体的にはそういった事をやられていたんですね。
平田 『夏への扉』はコンテは真崎守で、レイアウトに関しては全部川尻がやって、「このシーンはこんな色合いにした方がいいんじゃないか」と私がサジェスチョンしたりとか。
—— そうなんですか。あの作品は、色づかいがかなり大胆で面白いじゃないですか。黒地の背景で、手前に真っ赤な花が咲いていたりするのは……。
平田 ああ〜、あったね。それは川尻のセンスだと思う。僕は、どこかのシーンに関して「赤紫系の薄い色を使うと、ちょっと夢幻的でいいんじゃないかなあ」とか、そういう提案をした覚えがある。作画に関しても「ここは、こうした方がいいんじゃない?」って、原画をいじくった覚えもあるんだ。要するに「なんでも屋」。コンテであったり、色であったり、原画であったり。とにかく色々と手伝う。

 『夏への扉』の中心にあるのは、やはり真崎守監督の構成力や映像センスであり、それを川尻善昭がビジュアルと演出の両面で底上げをした。さらに平田敏夫を含めた、他のスタッフのセンスやアイデアも入っており、結果的に映像作品として膨らみのあるものになった。そういう事なのだろう。監督のセンスや独創性が発揮されているのだが、監督のカラーだけで作られているわけでない。監督が各パートをコントロールしているわけでもないようだ。スタッフの才能の絡み合い方が面白い。

第89回へつづく

夏への扉

カラー/本編59分/ニュープリント・コンポーネントマスター/片面1層/モノラル/4:3
価格/3990円(税込)
発売・販売元/東映ビデオ
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(09.03.18)