アニメ様365日[小黒祐一郎]

第104回 『浮浪雲』

 ジョージ秋山の長寿漫画『浮浪雲』が一度だけアニメになっている。1982年4月24日に公開された劇場作品『浮浪雲』だ。同時上映は『戦国魔神ゴーショーグン』で、これは同TVシリーズの2話をまとめて新作を足したものだった。『浮浪雲』の制作スタジオは、マッドハウス。監督が真崎守、作画監督が富沢和雄、画面構成が川尻善昭、美術監督が石川山子と、前年の『夏への扉』チームが、ほとんどそのまま移行している。オフシアターで上映された『夏への扉』とは違い、一般公開された作品だが、僕の中ではこの2作がセットになっている。片方は少女漫画原作で思春期のドラマを描いた作品で、もう片方は青年漫画原作で幕末を舞台にした時代劇だが、両作とも、それまでにない新鮮な魅力をもった作品で、なにか共通したものを感じていた。
 映像に関しては、日本画の様式を取り入れた構図、美術が目をひく。きちんと比較したわけではないが、キャラクター作画は、原作よりもカッコイイ方向に寄っているのだろうと思う。特に、新撰組の一文字兵庫は、いわゆる美形キャラ的なエッセンスが入っている(声が古谷徹で、性格もアニメヒーロー的だ)。父親としての頼りがいを出すためだろうと思うが、浮浪雲と娘のお花が一緒にいるシーンで、浮浪雲の身体を大きく描いているのも、面白かった。『夏への扉』の様な尖鋭さはないが、センスのよさが光る作品だった。唯一、『夏への扉』を越える鮮烈なものとなったのが、映画後半の「坂本竜馬暗殺シーン」だ。イメージ的に表現されたものだが、画面構成、動き、色彩のいずれもが素晴らしい。この場面は絵コンテを村野守美、作画を川尻善昭が担当。設定の丸山正雄がセルを塗ったそうだ。
 ストーリーは、気ままに生きる浮浪雲の旦那と、息子の新之介の関係が主軸となり、前述の一文字兵庫、坂本竜馬などが絡んでくる。のんびりとしたストーリー運びが魅力の映画で、新之介が南蛮渡来のカステラを食べて感動する描写など、細かい部分がいい。クライマックスの後で、浮浪雲が新之介に「人はそれぞれが主人公」と説く。原作にあるのかどうかは知らないが、いいセリフだ。初見時にはそれほど感銘を受けなかったが、そのセリフは後になってジワジワと効いてきた。他にも「物事にとらわれず生きていきましょうや」といった浮浪雲の人生観が、物語を通じて描かれており、そういった部分も共感できた。ファミリードラマ的な作りだったが、高校生くらいの観客に訴えかけるものが入った映画だった。ただ、この数年前に『浮浪雲』は実写ドラマになっていた。実写ドラマは倉本聰が脚本で、渡哲也が主演。実に自由奔放な作りだった。僕は頭の隅に、その実写ドラマの印象が残っており、初見時には「ちょっとマジメな映画かな」と思ってしまった。
 個々の場面で言うと、浮浪雲と一文字兵庫達が、雪が積もった松林でチャンバラをやる冒頭のシーンが好きだった。モノトーンを基調とし、血だけが赤いという、『夏への扉』にもあったマッドハウスらしい色遣いだ。ここも美術が抜群にいい。僕は一文字兵庫が好きだったし、坂本竜馬と浮浪雲の絡みも面白かった。正直言っちゃうと、初見時には、大人のキャラクター達のドラマがもっとあればいいのにと思った。
 劇場作品『浮浪雲』は、今までに一度もビデオソフト化されていない。ロードショーの少し後に、TV放映されているので、録画した人もいるだろう。2001年にラピュタ阿佐ヶ谷で行われたマッドハウスのイベントでも上映された。完全に幻になっているわけではないが、再見するチャンスはかなり少ない。僕は、昨年「PLUS MADHOUSE 2 川尻善昭」の編集にあたって、久しぶりにこの作品を観た。今回は、浮浪雲の目線から、新之介や一文字兵庫のドラマを観る事ができた。彼がどういうつもりで、新之介に接するのかがよく理解できた。逆に言えば、初見時には、浮浪雲に影響を受ける一文字兵庫に、気持ちを重ねて観ていたのだろう。
 浮浪雲の妻は、かめという名だ。この映画では、かめは浮浪雲から「お情けをいただきたい(つまり、セックスをしたい)」と思って、機会をうかがうが、なかなか実現しないというサイドストーリーがある。チャンスのたびに、新之介達に邪魔されてしまうのだ。旦那である浮浪雲にベタ惚れで「お情けをいただきたい」と思っているかめを、今では可愛いと思えるのだが、そう思うようになったのは、僕が40歳を過ぎており、既婚者になったからだろう。初見時に僕は高校生だったから、当たり前と言えば当たり前だが、かめの気持ちに、まるで共感できなかった。この年になって、ようやくちゃんと『浮浪雲』を鑑賞できたと思った。
 直接的な描写はないが、ラストシーン直前で、ようやくかめはお情けをいただく事ができる。出奔していた新之介も家に戻っている。天気もいい。縁側での一家団欒で、彼らは空を行く浮浪雲を見る。雲を見たかめは、幸せを噛みしめて一筋の涙を流す。その後で、家の全景、江戸の全景と雲を見せて、この映画は幕となる。浮浪雲と新之介で話を進めてきたが、ストーリーをまとめたのは、かめが感じた感慨だった。一家の幸せには、夫婦の営みも必要だという事であり、その意味でも、大人の映画だ。

第105回へつづく

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(09.04.10)