第105回 『Dr.SLUMP』
1982年に公開された劇場アニメで、僕が一番好きだったのが『Dr.SLUMP』だった。インパクトの強烈さで言ったら間違いなく『伝説巨神イデオン 発動篇』なのだが、好きだったのは『Dr.SLUMP』だ。これは『Dr.スランプ アラレちゃん』の劇場版第2作。前年に「東映まんがまつり」の1本として、公開された劇場版第1作『Dr.スランプ アラレちゃん ハロー!不思議島の巻』が、TVアニメサイズの短編だったので、長編としてはこれが第1作となる。公開日は1982年7月10日。宇宙を舞台にしたスペースオペラであり、それまでの宇宙SFアニメのパロディになっていた。実際のところどうだったかは知らないが、本家の『わが青春のアルカディア』や、シリアスな戦争ものである『FUTURE WAR 198X年』よりも、パロディである『Dr.SLUMP』の方が、ずっとスタッフがノッて作っているように思えた。また、数々の松本零士アニメや、シリアスな宇宙SFアニメを作ってきた東映動画が、そのパロディを作ってしまったのも面白い。今思えば、この作品が作られた事自体が、アニメブームの終焉を告げていたのだ。僕は随分前に、この映画について雑誌で書いているけれど、それを読むと、かえって書きづらくなるような気がするので、読み返さないで今回の原稿を書く。もしも、かつての原稿と矛盾した事を書いてしまったら、申し訳ない。
この映画のみ、アラレ達の担任である山吹みどり先生の設定が違っている。彼女の故郷は、タケヤサオダケ星という宇宙の彼方の星であり、そこに帰ってしまった彼女を連れ戻すために、則巻千兵衛やアラレ達は、宇宙戦艦スランプ号に乗り込んで旅立つ。監督は永丘昭典、キャラクターデザイン・作画監督は前田実、美術監督は浦田又治と、TVシリーズのメインスタッフがそのまま参加。りんたろうが、協力の役職でクレジットされているが、これは演出面のアドバイザーだったそうだ。ちなみに、劇中で表示されるタイトルはシンプルに『Dr.SLUMP』だが、公開前に『Dr.SLUMP ほよよ!宇宙大冒険』というタイトルで告知されており、今でも『ほよよ!宇宙大冒険』のタイトルで表記される事がある(『ルパン三世』劇場1作目の「ルパンVS複製人間」のようなものだ)。
一応、パロディについて説明しておく。原作にあるネタもあったし、アニメ独自のパロディもある。まず、センベエ達が乗り込むスランプ号のシルエットが『宇宙戦艦ヤマト』風だ。敵のヨウ・チエン、ホイ・クエン、リボン・チャンは、映画「スーパーマンII 冒険編」の3悪人をモデルにしたと思しきキャラクターで、彼らの戦艦が「ウルトラマン」の顔を模したウルトラヘッドで、ホイ・クエンが乗り込むのがモビルスーツのリブギコ(ちゃんと劇中で、モビルスーツと言っている)。他にも「スター・ウォーズ」、「未知との遭遇」、劇場版『銀河鉄道999』のパロディがあった(劇場版『銀河鉄道999』ネタは、時間城もどきの建物だけでなく、カット割りのコピーもあった)。敵ボスのマシリトがマザコンで、その母親が実は……というのは「サイコ」か。
シリアス&ギャグの映画だった。敵がシリアスであったり、シリアスな展開があったりするのだが、それをギャグで落とす構成だ。そういった構成であった事も、この映画を、先行して作られたシリアスな宇宙SFアニメのパロディにしていた。全体の雰囲気は、ユル〜い感じだった。大団円の後で、いきなり「アラレちゃん音頭」が始まっちゃうところなんて脱力する。全体はユル〜く、シリアスをやってもギャグで落ちるのだが、シリアス部分の描写に気合いが入っている。それがこの映画の魅力だった。音楽はTVシリーズと同じく、菊池俊輔が担当。シリアスシーンの曲は、そのままマジメな宇宙冒険アニメで使えそうな大スケールの楽曲だ。
冒頭シーンから痺れた。どこかの星がマシリトの部下に破壊される場面なのだが、まず、クモ型宇宙母艦が見事。画面設計も撮影も凝っていて、見事に巨大感を表現していた。ヨウ・チエン、ホイ・クエン、リボン・チャン、モビルスーツのリブギコも、ここでは、ほぼシリアス。黒を多用した画面作りも格好よく、マシリトの狂気っぷりもイカしていた。
スランプ号の発進シーンも、『宇宙戦艦ヤマト』シリーズに負けないくらいダイナミックだった。コンテも作画も、相当頑張っている。スランプ号の発進時に、爆風で近くの木々が地面から抜けて飛んでいくカットなんて、今観ても驚く。この場面で、センベエ達が甲板に並んで、ペンギン村の人達に敬礼するのだけど、あのタロウやあかねが、ヒーローのようにポーズを決めるのが、妙に嬉しかった。
後半の艦隊戦も、見応えがあった。スランプ号が、マシリトの宇宙艦隊と真正面からぶつかり合うのだ。アラレはモビルスーツ風の宇宙服を着て、ガッちゃんは地球連邦軍のボール風の小型宇宙艇で敵を撃破。タロウとあかねは、最初はスランプ号の回転砲座で反撃していたが、途中からテントウ虫型小型戦闘機で発進。その後はピースケが砲座について、スランプ号を守った。ここは作画も大健闘。BGMのマッチングも素晴らしい。アラレとキャラメルマンが対決するクライマックスも悪くないのだけど、僕は、タロウやあかねが活躍する艦隊戦の方が好きだった。
技術的にも凝ったところがあった。美術の見どころは、スランプ号が途中で立ち寄ったオカカウメ星の景観だ。浦田又治ならではの、ハードなタッチが素晴らしい。作画に関しては、何はなくとも前田実の垢抜けた画だ。当時のアニメ誌の記事で、冒頭のリブギコによる破壊シーンが、スタジオZ5の作画と書かれていたと記憶しているが、おそらくそれは間違い。冒頭シーンはスタジオジュニオの山本福雄の作画だったはずだ。スタジオZ5にいた平山智は、オカカウメ星でスッパマンが登場するあたりを担当したと聞いている。スランプ号の艦隊戦は、タロウとあかねが回転砲座で戦っているあたりの原画が平野俊弘、アラレとピースケが宇宙空間に飛び出すあたりからが渡辺浩の原画だ。渡辺浩担当パートは、円形の爆発がスタジオライブらしくてユニークだった。本作の作画に関する最大の見どころは、マシリトが初めてみどりの前に姿を現すシーンだ。彼はマイクを持って登場し、いきなり歌って踊るのだが、これが抜群に巧い。マシリトを演じる山田康雄の歌もいいのだけど、作画がいい。口パクも相当合っているし、踊りもいい。間奏部分で、マシリトはマイクを置いて踊り出してしまうのだが、そういう作り手の余裕もいい。セルとフィルムでアニメを作っている頃に、よくあれだけ曲に合わせたと思う。ここの作画は、須田正己の担当だと聞いている。僕が、須田正己の動きの巧さに、初めて感じ入ったのが、このマシリト登場シーンかもしれない。
今、若い人が『Dr.SLUMP』を観ても、そんなに面白いと思わないだろう。その後、パロディめいた作品は沢山出ているし、僕の場合は、原作やTVシリーズに思い入れがあるから面白いと感じたところもある。それから、当時の気分が大きい。さっきも言ったように、シリアス一辺倒な宇宙SFものに飽きてきたところ出てきた、それを茶化した作品だったのだ。「第69回 『Dr.スランプ アラレちゃん』」でも書いたが、僕は、TVシリーズの『Dr.スランプ アラレちゃん』を原作よりも子供向けだと思っていた。それに対して『Dr.SLUMP』は、少し大人向けになっていて、それが嬉しかった。確かめた事はないが、少し大人向けにしたという理由で、タイトルから「アラレちゃん」を外したのだろうと思っている。
第106回へつづく
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