アニメ様365日[小黒祐一郎]

第113回 『ザブングル』の男と女

 数年前に、CSのチャンネルNECOの『ザブングル』をたまたま観て、20話「アコンは伊達男か?」に感心した。ジロンとエルチがベタベタしているのが嫌になったラグは、アイアン・ギアーを飛び出してしまう。劇中の言葉だと、家出ならぬ船出だ。船出したラグが出逢ったのは、アコン・アカグという大男だった。アコンはジロンよりも垢抜けなくて、女性に対して不器用。仕事に関しても、キッド・ホーラの手下という、バッとしない立ち位置だ。ではあるが、彼はラグにベタ惚れであり、ちゃんと女扱いしていくれる。おそらくは、女に尽くすタイプなのだろう。ラグは、そんなアコンを「悪い男じゃない」と思う。彼の無骨なところを可愛いとすら感じる(その感情を、ラグは「ジロンなんかと大違い。♪ルンルン」というセリフで表現する。時代を感じる言い回しだけど、その場面のラグのセリフとして「♪ルンルン」は悪くない)。
 ここで描かれているラグの感情は、かなり大人びたものだ。男まさりの彼女が、そんなアコンに好意を感じるのがいい。「アコンは伊達男か?」というサブタイトルも面白い。アコンは、決して二枚目ではないけれど、ラグにとっては素敵な男性かもしれない。あるいは、彼がラグのために頑張って、いいところを見せるかもしれないという意味だろう(次回21話「惚れて、惚れられて」で、前回までのあらすじ部分に「アイアン・ギアーを打ち倒し、いつかホーラを出し抜くと、頑張るアコンの男伊達」というフレーズがある。だが、その21話で、アコンは簡単に死んでしまう。ラグにとって安らぎが感じられる男だったが、それ以外の取り柄はなかったという事だ。そのドライさが、また富野作品らしい)。
 「アコンは伊達男か?」を観て、これは大人のアニメだなと感じだ。そして、『ザブングル』は、そんなふうに男と女の関係を描いた作品だったのかもしれないと思った。改めて観直しててみると、確かにそういうところがある。あるいは、女というものを描こうとしているところがある。主にはジロン、エルチ、ラグのドラマを通じて、男と女の関係を描いていた。単純に恋愛の楽しさだけを描いているのではなくて、恋する事のみっともなさや滑稽さも描いている。
 身体を使ったアクションが多いために『ザブングル』は、よく『未来少年コナン』と比較されたが、男女の扱いに関しては『コナン』とはまるで逆だった。『コナン』が理想的な男女の関係を描いていたのに対して、『ザブングル』は上手くいかない男女関係を描いた。女からすれば「本当の『いい男』なんて、なかなかいない」という話であり、男からすれば「女を相手にするのは大変だ」という話だろう。『伝説巨神イデオン』も、後の富野監督作品も、男と女の関係に力を入れているが、『ザブングル』は他の富野作品とは随分とタッチが違う。感情をストレートに表現するし、ウジウジする事があっても、あまり重くはならない。僕は、本放映の時はそういった部分がよく分かっていなかった。色恋が多いアニメだなあとは思っていたが、それをやっている事の意味は分かっていなかった。
 ジロンのエルチ、ラグに対する感情は仲間意識に近いものであり、自分のものにしたいと思っているわけではないようだ。父親に、女は大事にしなくてはいけないと言われたのでそうしているが、それ以上の事は考えていない。そういう態度がジロンらしいとも言えるが、エルチやラグは、それではおさまらない。彼女達の方が大人だったのだろう。2人は、ジロンに愛想をつかして、他の男に乗り換えたりした。
 エルチもラグも、本編中で好きになった男性の数は多い。エルチが好きになった男性はジロン(主人公)、エル・コンドル(美形)、ビエル(イノセント)で、ラグが好きになった男性はジロン、アコン・アカグ(無骨)、カタカム・ズシム(革命家)、アーサー・ランク(王子様)。本当に好きになったわけではないだろうが、ラグは、アコンが死んだ後、キッドになびいた事もある。2人は色んなタイプの男に惚れたが、ジロン以外の全てが劇中で死に、あるいは、実は大した男でない事が判明している。本当のいい男なんて、なかなかいないし、いたとしても、男女の関係はなかなか上手くいかないのだ。
 『ザブングル』は、そんな恋多きエルチ、ラグに、ジロンが振り回される話だった。今観ると、ラグが嫉妬心を内にためこまないで、ジロンに思いっきりぶつけてしまうところとか、エルチやラグに翻弄されるジロンのダメ男ぶりが楽しい。最終回ラストで、またもや逃げ出したエルチに対して、ジロンが「俺だよ。お前のジロンが追いかけてきたんだよ」と言う。恋人らしく振る舞った事もないくせに、「お前のジロン」なんて言い出して、しかも、滑ってしまうダメっぷりに、笑ってしまった(彼はエルチが洗脳されている頃にも、似た事を言っていた)。本放映でも同じところで笑ったはずだが、笑った理由が違うはずだ。今は「男って、こういう馬鹿な事をよく言うよね」と思って笑ってしまう。
 少し前までカタカムに入れ込んでいたラグやビリンが、麗しいアーサーが目の前に現れた途端に「ア〜サ〜様」と言って舞い上がって、尻が軽い感じになるのを、本放映時には単なる愉快な展開だと思っていた。サブキャラクターに、太めなのにやたらと露出度の高い衣装で活躍する、グレタ・カラスという強烈な中年女性がいる。彼女については、単に変わった個性の敵役だと思っていた。ラグ達がアーサーに舞い上がっていたのも、グレタ・カラスの存在も、『ザブングル』という作品にとって重要なものだったのだろう。
 前回も触れた49話「決戦! Xポイント」は、「女性というものを描く」という意味で力が入っており、力が入りすぎて変なエピソードになっている。まず、冒頭でラグが、アーサーの恨みを晴らすためにも「男どもに任せず、女の力を見せる時であろう!」と、女性乗組員に対して宣言。エルチは、まだ女として一花咲かせる事ができると言って、グレタ・カラスを改心させ、女の幸せを知ることなく死ぬのは嫌だと言うイノセントのDr.マネを逃がしてしまう。また、Dr.マネとのやりとりで、エルチが、惚れっぽくて嫉妬深い女性である自分を「それが女ならいいじゃない!」と言って、全肯定する部分があり、49話だけ見ると、まるで「女は女の幸せを求めるべきである」という事が『ザブングル』のテーマであるかのようだ。いや、本当にそれがテーマだったのかもしれない。
 それでは『ザブングル』が男と女の関係や、女というものを描き切れたかというと、どこか舌足らずなまま終わっているような気がする。描き切れてはいないが、やった事は間違っていないと思う。少なくとも、それが作品の膨らみになっている。最終回ラストでもジロン、エルチ、ラグの三角関係は、本当の意味では決着がついておらず、グダグダの終わり方だ。ただ、それは「上手くいかない男女関係」を描いた作品に、相応しい終わり方だったのかもしれない。

第114回へつづく

戦闘メカ ザブングル DVD-BOX PART1

カラー/600分/片面2層/5枚組/4:3/モノラル/
価格/31500円(税込)
発売元/タキコーポレーション
販売元/ビクターエンタテインメント
[Amazon]

戦闘メカ ザブングル DVD-BOX PART2

カラー/600分/片面2層/5枚組/4:3/モノラル/
価格/31500円(税込)
発売元/タキコーポレーション
販売元/ビクターエンタテインメント
[Amazon]

(09.04.23)