第126回 『うる星やつら オンリー・ユー』
今回から1983年の話題だ。TVシリーズ『うる星やつら』放映開始から、1年半ほどたった1983年2月13日に、同シリーズの劇場第1作『うる星やつら オンリー・ユー』が公開される。押井守にとって、初の劇場監督作品である。
面堂やメガネ、あるいは弁天やお雪達のもとに、あたるの結婚式の招待状が届いた。しかも、あたるの結婚相手はラムではなく、エルという女性だ。その件で面堂達が騒いでいるところに、エル星からの使者が乗った宇宙船が飛来。使者は、あたるとエルが11年前に婚約していると告げるのだった。ラムは、エルより先にあたるとの結婚式を挙げるため、彼と両親、面堂達を宇宙船に乗せて、旅立つ。一同は、宇宙でラムの父親達と合流したものの、エル星の艦隊が襲来。ラムの星とエル星の全面戦争が始まるのだった。というのが中盤までの展開。後半はエル星が舞台になり、ドタバタ劇を展開。エル星では、相手の影を踏むのが婚約とイコールであり、11年前に地球にやってきたエルは、あたると影踏み遊びをして、その時にあたるに影を踏まれたと思い込んでいた。この影踏みのプロポーズが、物語のキーとなる。
最近になって、押井監督は『オンリー・ユー』について、否定的なコメントを残している。「映画になっていない。大きなTVでしかなかった」と感じたのだそうだ。彼は『オンリー・ユー』についての反省から、第2作『うる星やつら2 ★ビューティフル・ドリーマー★』では全力投球し、傑作として仕上げた。僕も『ビューティフル・ドリーマー』を観てしまった後は、『オンリー・ユー』を物足りないと思うようになった。同様に感じたファンは多いだろう。
ではあるけれど、当時の『オンリー・ユー』についての印象は悪くなかった。この原稿を書くにあたって久しぶりにDVDで観て、初めて観た時の気分を思い出した。初見時には「『うる星』らしいじゃん」と思ったはずだ。全登場人物に見せ場があるわけではないけれど、オールキャラが登場しているし、ギャグもアクションもある。アクションシーンは期待どおりに、山下将仁が担当。しかも、かなりの量をやっている。エルを絡ませる事で、あたるとラムの関係を描いており、分かりやすくまとまっている。
映画の後半で、エルが10万人近い美形男性を冷凍し、コレクションしていた事が分かる。運命の人だと思っていたあたるの事は大事にしていたが、それとは別に、趣味で美形男性をコレクションしていたわけだ。あたるは「この世の全ての女性を自分のものにしたい」とよく口にするが、エルはそれと同様の願望を実現してしまったいたという事なのだろう。ではあるが、エルがやった事は『うる星』世界の出来事としては、ちょっと残酷過ぎて違和感を感じた。初見時に、首をひねったのはそれくらいだ。
押井作品らしさも、そこかしこにある。牛丼ネタもちゃんとあったし、チラリと『ルパン三世 カリオストロの城』のパロディもあった。映画「卒業」のパロディは、当時の僕には、ピンと来なかっただろう。エルを演じているのが、押井作品にはなくてはならない榊原良子であるのも、注目したいポイントだ。
面白かったのは、エル星とラムの星が戦っているシークエンスだ。ラムの星の軍人が、部下に対して「愛のために死ね!」と叫ぶのは、意地の悪い『宇宙戦艦ヤマト』のパロディだった。多分、初見時はそれを痛快なものとして受け止めたはずだ。兵士達が、ラムとあたるのために命懸けで戦っているのに、あたる達が痴話ゲンカをやっているというシチュエーションも、皮肉が効いていてよかった。窓の外で戦争が起きているのを見て、メガネ達が「これで俺達も、戦争を知っている子ども達だもんな」と言って喜ぶのだが、それにも共感できた。確認した事はないが、このあたりも押井監督のセンスだろう。
そのシークエンスでは、エルの部下であるロゼという女性が、ラム達の宇宙船に忍び込んでいる。エルのところに行きたがるあたるを、ラムがハンマーで殴って気絶させ、そのラムを、背後からロゼが同じようにハンマーで叩く。似たようなポーズで、あたる、ラム、ロゼが並んでいるのが、やたらと楽しかった。その後で、ロゼはラムに化けるのだが、髪や衣装はそっくりにしたものの、彼女はマッチョであり、体型がまるで違う。それなのに彼女自身は、どうして自分が偽物とバレるのかが分からない。素朴なギャグだが、それも妙におかしかった。
物語はどちらかと言えば、ラムとエルという2人の女性寄りで展開。影踏みのプロポーズに関しては、エルにとって、非常に残念なオチがつく。初見時にも、エルを可哀想だと感じたけれど、今観ると、男に振り回されてしまう女性の哀しさを描いているんだな、と思う。一方、ラムに関しては、あたるに振り回されても、愛し続ける可愛らしさ、強さが描かれている。これはこれで『うる星』らしい話だ。この映画を『うる星』の決定版とまでは言わないし、どちらが好きかと言えば、やっぱり『ビューティフル・ドリーマー』の方が好きなのだけど、『オンリー・ユー』も悪くない。少なくとも初見時には『うる星』らしい映画だと思った。
僕は、この映画をロードショーで観たつもりでいた。ところが、数年前に池袋の新文芸坐のオールナイトで、実写映画「ションベン・ライダー」を観て、あれ? と思った。その映画を観た記憶がなかったのだ。「ションベン・ライダー」は『オンリー・ユー』の同時上映だった作品で、実験的なところもあり、また非常にパワーのある映画だ。押井監督はその自由奔放な作りにショックを受けたそうだが、それも頷ける仕上がりだ。高校時代の僕は、実写映画にあまり興味がなかったが、あれだけインパクトのある映画を劇場で観ていたら、何かしらの印象が残っているはずだ(細田守との対談で、僕は「『うる星』だけ観て帰ってきちゃったのかなあ」と言っているけど、この時は劇場で『オンリー・ユー』を観たつもりだった)。
記憶を手繰ってみると、高校の友達の家に皆で集まって、レンタルビデオで『オンリー・ユー』を観た思い出がある。なるほど、劇場に行かずに、レンタルビデオで初めて観たのか。だけど、どうして劇場に行かなかったのだろう? ここ数年、それが気になっていたのだけど、この原稿を書くにあたって、公開データをチェックして、劇場に行かなかった理由が分かった。公開された頃、僕は受験生だったのだ。2月13日だったら、その前日や翌日に受験があったかもしれない。いかに僕がアニメバカだったとはいえ、受験真っ只中に映画には行かない。いや、ずっと前から勉強をしていたマジメな受験生なら、直前になってジタバタしないで、リラックスするために映画に行ったりするのかもしれないが、僕はそれまでサボっていたので、余裕がなかった。ちなみにこの春の受験で、僕は全滅してしまい、一浪する事になる。
第127回へつづく
(09.05.18)