アニメ様365日[小黒祐一郎]

第67回 『うる星やつら』(TV版)

 『うる星やつら』の放映がスタートしたのが1981年10月14日であり、終了したのが1986年3月19日。始まった時に僕は高校2年だった。浪人時代をはさんで、大学2年の時に最終回を迎えたわけだ。先に白状してしまうが、僕は『うる星やつら』の熱心なファンではなかった。「白状」なんて言葉を使うのは、後ろめたいところがあるからだ。別に嫌いだったわけではない。面白がって毎週観ていた。200回近く放映された作品だが、本放送で観ていないのは1回か2回だと思う(録画したビデオで視聴したものも含む)。『うる星』は、後に33万円もするLD BOXが発売されている。それも買った。そのために生まれて初めてローンを組んだ。それでも、僕は『うる星』ファンと名乗るのには躊躇いがある。なぜなら、当時は熱狂的な『うる星』ファンが大勢いて、僕は彼らについていけなかったのだ。例えば、当時『うる星』の演出や作画を研究する同人誌があり、かなり細かいところまでチェックしていた。それを読んで、あまりのディープさに驚いた。思い入れの深さが違っていた。友達にも熱烈なファンがいた。そういった人達がいたのを知っていたから、『うる星』について語ろうとすると、ちょっと引け目を感じてしまう。
 『うる星やつら』の原作は、高橋留美子の同名SFラブコメディ。主人公は、宇宙一の浮気男である高校生の諸星あたるだ。とある事件をきっかけに、彼のところに、宇宙人の鬼娘であるラムが、押しかけ女房として転がり込んでくる。2人の関係を中心にし、あたるの元ガールフレンドの三宅しのぶ、大金持ちの御曹司である面堂終太郎、ラム親衛隊最高幹部会議長のメガネをはじめ、数多くの個性的なキャラクターが入り乱れて物語が展開した。
 アニメーション制作・スタジオぴえろ(現・ぴえろ)、チーフディレクター・押井守でスタートし、シリーズ中盤でチーフディレクターがやまざきかずおに交替。アニメーション制作も、スタジオディーンに変更(ぴえろとディーンが連名だった時期もある)。前回(第66回 ぼくらの時代)も書いたように、若いスタッフが中心になった作品だった。脚本、演出、作画のいずれの面でも、スタッフの個性が発揮されており、よく「スタッフの暴走」と言われていた。傑作も異色作も多く、バラエティに富んだシリーズだった。スタッフの中で最もやりたい放題にやっていたのが、初代チーフディレクターの押井守だ。作画で言えば、山下将仁、森山ゆうじ、西島克彦、土器手司といった若手の活躍がめざましく、特に山下将仁の仕事は、凄まじいほどのインパクトだった。本放送当時は、ディーンになったところで随分とテンションが下がったような気がしたが、改めて観返すとそうでもない。ただ、勢いがあって面白いのは、やはり押井守チーフディレクター時代だ。それから、若手を中心に揃えたキャティングも素晴らしい。斯波重治音響監督の仕事の中でも、この配役は傑作だと思う。
 一世を風靡した作品である。当時、『うる星』はアニメやマンガの楽しさを象徴する作品であり、ラムは美少女キャラクターを象徴する存在だった(実際にはラムは「美少女」ではなく「いい女」であるような気がするが、ここは美少女と書いておく)。今でも、僕と同年輩のアニメファンの多くにとって、忘れられないタイトルであるはずだ。さっき熱狂的なファンについて触れたけれど、なにも『うる星』はコアなファンだけのものではなかった。むしろ、大勢のライトなファンが『うる星』人気を支えていた。高校でも大学でも、そんなにアニメやマンガが好きでもない男が「ラムちゃん、いいよな」なんて言っていた。『うる星』は、今ではオタクアニメの元祖のように言われているし、そうであるのも事実だが、普通のヤングが、普通に楽しんでいる番組でもあった。
 『うる星』は登場人物が、自分の都合や欲望で行動する作品だった。スタッフの趣味性や欲望もフィルムに溢れていた。エネルギッシュであり、痛快だった。お祭りのようなフィルムだった。それと、これが大事な事だが、性に関してオープンな作品だった。なにしろ、ヒロインのラムは、基本的にビキニ姿であり、おしかけ女房として、あたると同じ部屋で暮らしている。そのあたるは常に女性を求めているし、面堂をはじめとする他の男性キャラクターも似たようなものだった。カラス天狗のクラマがあたると契ろうとする、といったエピソードもあった。アニメでなければ、当時はまだ深夜にお色気番組があったので、セクシーな要素が入っていた事自体には、それほどは驚かなかった。ただ、ヤング向けの内容でそういった事をやっているのが、しかも、下世話な感じでやっているのが新鮮だった。そういった性的なイメージが、ラムをシンボリックなキャラクターにしていたのも間違いない。
 僕は「今週はどんな話かな」といった気軽さで、TVの前に座っていた。例えば、よその高校の文化祭に遊びに行って、その出し物や展示を見て「こいつら、馬鹿な事やってるなあ」と思って笑うような感覚だった。僕がこの作品にのめりこめなかった理由はいくつかあるのだが、そのひとつが、作りがちょっと乱暴だった事だ。年齢が近いスタッフが楽しんで作っているために、気安さを感じていたというのもある。それで1本の作品として、マジメに向かい合う事ができなかった。それから、あたるとラムの関係に執着できなかったのも、理由のひとつだ。あたるの言動は理解できたし、共感する事もあったが、ラムはよく分からなかった。あたるのどこがどう好きなのか、それでどうしたいのかがよく分からなかった。今でも、ラムの事は理解はできない。

第68回へつづく

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(09.02.17)