アニメ様365日[小黒祐一郎]

第131回 『幻魔大戦』もう少しだけ

 DVD「幻魔大戦 DTS Ultimate Edition」の解説書は、僕が構成を担当しており、その中に丸山正雄プロデューサー、りんたろう監督の対談がある。その対談中で、丸山プロデューサーに「『幻魔大戦』という作品について、一度、誰かが検証するべきだ」と言われてしまった。検証とまではいかないが、今の自分が知っている事、考えている事を記しておきたい。
 と言っても、以下に書く内容は、ほとんどが、その対談における丸山プロデューサーの言葉をはじめとする関係者の発言、あるいは当時の出版物からの受け売りだ。『幻魔大戦』は、角川書店という出版社が主体となって作り上げた劇場アニメーションだ。劇場作品を抜きにしても、それまでに、出版社が商業アニメーションを製作した例はなかったかもしれない。これに続くかたちで、翌年、徳間書店が『風の谷のナウシカ』の製作に乗り出し、スタジオジブリの設立につながる。今では出版社がアニメを製作する事は珍しくないが、『幻魔大戦』はその先駆けだった。
 出版社という事を外しても、映像に関して新興の会社が、大作劇場アニメーションを製作して公開、制作スタジオに関しても、この作品のために、プロジェクトチーム・アルゴスという新しいチームを結成し、凝った仕事を残してはいたが、まだ大手ではなかったマッドハウスと組んでいる。新興の会社が、新しく結成したチーム、大手ではないプロダクションと一緒に、大作劇場アニメーションを製作、しかも、それが鳴り物入りの話題作だったという点が新鮮だった。
 劇場アニメとして、それまでの枠組みから外れた作品であり、だからこそ、企画、宣伝、キャスティング等について新機軸を打ち出す事ができたのではないか。例えば、老舗のアニメプロダクションが中心になって作ったとして、大友克洋のキャラクターデザインというアイデアが通ったかというと、それは疑わしい。スタッフに関しても、それまでは東映動画が作れば、東映のスタッフを中心にして、虫プロが作れば虫プロスタッフを中心にして作っていたが、『幻魔大戦』ではスタジオの枠を越えてスタッフが集められている。そういった作品は初めてではなかったか。と、ここまでが受け売り。
 歴史的な事で言えば、『幻魔大戦』は角川アニメのはじまりであり、マッドハウスが、ハイクオリティ系の制作アニメプロダクションとして知られるきっかけになった作品でもある。アニメーション的には、リアル系ハイクオリティアニメの原点であるばずだ。これ以前にも、タツノコ作品などに、リアル系のキャラクターはあったが、劇場作品ならではの映像の作り込みと、リアル系のキャラクターが結びついたのは、この作品が初めてだったのではないか。『幻魔大戦』では、作り手が、意識して映像のクオリティを上げ、観客に分かりやすいかたちでそれを提示している。ティーン以上を対象にしたアニメ映画で、クオリティをセールスポイントにしようとした最初の作品かもしれない。
 大友克洋がアニメ制作に関わった最初の作品であり、これをきっかけに、彼は徐々にマンガから映像の世界に、活動をシフトしていく事になる。金田伊功の代表作であり、なかむらたかしが大友キャラを初めて描いた作品であり、新人であった森本晃司や梅津泰臣が大舞台で活躍した作品だ。クリエイター中心にアニメ史を振り返れば、間違いなくエポックな作品だ。
 前述の対談で、丸山プロデューサーは「(大友克洋のキャラクターを使った事が)漫画映画ではないアニメーションが成立するきっかけになったのかもしれない」と発言している。これはちょっと難しい。漫画映画ではないアニメーションという意味では、すでに『宇宙戦艦ヤマト』『機動戦士ガンダム』もあった。1980年代後半には『うろつき童子』『妖獣都市』といった、アダルト向けの過激なアクションアニメが人気を集めるようになる。『幻魔大戦』を、そういった作品のルーツと見る事はできる。リアル系ハイクオリティアニメの原点であるという事と併せて、より高い年齢層に向けたアニメーションの可能性を示した作品なのだろうと思う。
 作品解説ではなくなってしまうが、今の自分にとっては、『幻魔大戦』は企画に力があった作品だ。角川映画が「りん・たろう」+「大友克洋」で『幻魔大戦』を映画にするという企画そのものがいい。『幻魔大戦』の原作が、平井和正&石ノ森章太郎(当時・石森)コンビによるマンガ作品からスタートしているのに、石ノ森章太郎のキャラクターを使わず、大友克洋を連れてきてしまうという飛躍が凄い。この後、角川映画とプロジェクトチーム・アルゴス&マッドハウスは、吉田秋生のキャラクターで『ボビーに首ったけ』を、萩尾望都のキャラクターで『時空の旅人』を映像化するのだが、「大友克洋で『幻魔大戦』」のインパクトにはとてもかなわない。
 実際には、角川春樹が『幻魔大戦』の監督にりん・たろうを選び、そのりん・たろうがキャラクターデザイナーに大友克洋がいいと提案したわけで、誰かが1人で「角川映画+りん・たろう+大友克洋で『幻魔大戦』」という企画を立てたわけではないのだが、仕上がった作品を振り返って、一言で表現すると「企画が凄い」になる。これほど企画にパンチがあったアニメ作品は、他にないと思う。

第132回へつづく

幻魔大戦 DTS Ultimate Edition

カラー/本編131分+予告編映像/オリジナルドルビーデジタル2ch 5.1chドルビーサラウンド DTS5.1ch./ビスタ/
価格/5800円(税別)
発売元/角川書店
販売元/アトラス
[Amazon]

(09.05.25)