アニメ様365日[小黒祐一郎]

第143回 僕のアニメ史(番外編6)

 この「アニメ様365日」は、最初は「その日、その日に思いついた事を書く」という連載にするつもりだった。自分の中学時代の話から始めたら、それが書きやすかったので、今のところ、編年体で各作品の思い出話を中心に書き進めるかたちになっている。
 自分自身としては、書いていて楽しい。僕の記憶は結構いい加減で、資料にあたってそれを修正するのも面白い。それから、原稿を書いていると、当時のアニメ活動を追体験する感覚にもなる。書いている内容は、当時の感想が中心であり、結果的に僕にとってのアニメ史になっている。自分のアニメ史を書くのが、こんなに楽しいとは思わなかった。
 大学生の頃、ライターとしての大先輩である池田憲章さんに、何度か話をうかがった。一度、ご自宅に遊びに行かせてもらった時に、池田さんが学生時代に書いたアニメの感想を見せてくれた。確か1枚のカードに1話分の感想が書かれていたはずだ。例えば『ゲッターロボ』の各話について、どんな点が素晴らしかったか、スタッフが誰だったのかが書かれていた。家にうかがったのとは別の日だったと思うが「作品は残るけれど、感想は残そうとしないと残らない」と池田さんに言われた。「君も感想を残せ」と言ってくれたのだろう。
 正直言うと、その時はピンと来なかった。たとえば『宇宙戦艦ヤマト』がいかに熱い作品だったかとか、『機動戦士ガンダム』の登場がどんな衝撃的だったのか、といった事は、わざわざ文章にしなくても、後世に残ると思っていた。僕はどちらかと言うと感想よりも、研究や調査に興味があったので、仕事でも自分個人の活動でもそちらに力を入れていた。
 確かに感想って残らないものだな、と思うようになったのは、アニメ雑誌で仕事を始めて数年経ってからだった。それは、色んな世代や、色んな立場の人と、アニメについて話す機会が増えて分かった事だ。アニメ誌の若い読者の存在を意識するようになったからでもある。それまでも、僕はライターとしては、雑誌で自分の意見や感想を書く方だったけれど、それに気づいてからは、意識してそういった原稿を書くようにした。久しぶりにやっているのが、この「アニメ様365日」だ。
 当たり前の話だけど、作品に対する印象は、観た人の年齢、感性、価値観などによって違ってくる。原作を知っているかどうか、どんな状況で観たかといった事にも左右される。個々の感想は、その人のものでしかない。作品に触れ、何かを感じるという事は、その人だけの体験だ。同世代の人になら、ある程度は同じものを観て、似た事を感じているはずだが、それにしたって全く同じ感想を持っているわけではない。
 そして、違った感想があるから面白い。自分の感想を人に伝えたいという意欲、他人の感想を知りたいという興味が、どのようなプロセスで湧いてくるかは知らないが、確かにそういった欲求はある。少なくとも僕にはある。だから、自分が書くだけでなく、他の人の感想を読みたい。たとえば、自分が子供の頃に発表された作品を、当時の年長の人がどう受け止めたか知りたいし、今の人気作品を、若い人がどう楽しんでいるのかも知りたい。「アニメ様365日」ではアニメブームについて書いてきたが、他の人のアニメブーム体験も読んでみたい。
 結果的に「アニメ様365日」は、僕のアニメ史になっているのだけれど、他の人のアニメ史も読んでみたい。現在はブログなどがあるから、昔よりも、自分の思い出や体験を残すのがずっと楽になっているはずだ。だから、もっと多くの人に、自分のアニメ史を書いてほしい。これは単純に自分の希望として、そう思う。
 「アニメ様365日」について、読者の方からいただくメールの中に、時々「××について書いてください」というものがある。要望に応えられる場合はそのテーマについて書くようにしているが、そのテーマについて、僕があまり興味を持っていない場合や、知識がない場合は原稿にできない。それについては、ごめんなさいと言うしかない(いや、そういったメールをいただく事自体は嬉しいんですよ)。そして、そういったメールをいただくと「この人の書いた『僕のアニメ史』が読みたいな」と思う。

第144回へつづく

(09.06.10)