第145回 「東京上空3部作」
同年輩のアニメファンと『聖戦士ダンバイン』について話をすると、大抵は「東京上空3部作」と「ハイパー・ジェリル」が話題になる。両方とも、ファンなら誰しもが認める傑作だ。「東京上空3部作」とは、16話「東京上空」、17話「地上人たち」、18話「閃光のガラリア」の3本の事である。
エルフ城をめぐって、ドレイク軍との攻防が続いていた。その戦いの中、ショウのダンバインと、ガラリア・ニャムヒーのバストールが剣を合わせ、オーラ力をぶつけあった。その事でオーラロードが開き、2人はオーラバトラーごと、地上界の東京に飛ばされる。1話から15話まで異世界バイストン・ウェルで物語が展開してきたが、ここでいきなり、僕達が暮らす現実世界が舞台となる。地上ではオーラマシンの破壊力は、バイストン・ウェルよりも遥かに強まる。バストールのわずかばかりの戦闘で、副都心は壊滅。30万人の人間が命を落とした。ショウはガラリアを止めようとするが、彼女は言う事を聞かずに逃走。ショウは防衛隊に投降するが、バイストン・ウェルの事を言っても、軍人達はそれを信じず、彼を宇宙人扱いする——というのが「東京上空3部作」の中盤までの展開だ。バイストン・ウェルでの物語に慣れて、ちょっと退屈に感じ始めた頃に、この3本が放映された。
バイストン・ウェルの設定は魅力的なものだったが、現実味は乏しかった。それがこの「東京上空3部作」で、一気にリアルなものとなった。現代の東京をオーラバトラーが飛び、自衛隊らしき軍隊と戦うという光景に、あるいは東京においてショウとガラリアが、地上の人間によって現実離れした異常な存在として扱われる展開に、大変なリアル感を感じた。地上界とオーラバトラーの取り合わせをリアルに感じただけでなく、それまで描かれてきたバイストン・ウェルの人々やメカまでが、リアルなものになった気がした。僕が巨大ロボットにここまでのリアル感を感じたのは『機動戦士ガンダム』1話以来の事だった。
ロボットやモンスターをリアルにも描く手法として、現実味のある舞台を用意し、そこにロボットやモンスターを登場させるというやり方がある。『ダンバイン』がやったのは、それと逆だった。先に視聴者を異世界のメカやキャラクターに慣れさせてから、それを現実味のある舞台に持ち込み、リアルな世界とのギャップを感じさせる。そのギャップによって、異世界のメカやキャラクターの異様さ、存在感を強調したわけだ。だから、ここまでの話数を観ないで、いきなり「東京上空3部作」だけ視聴しても、それほどリアルに感じはしないだろうし、感動もしないだろう。「東京上空3部作」で感じたものが何だったのかと言えば「それまでフィクションだと思っていた異世界のメカやキャラクターが、突然、現実のものになった」という感動だった。また、そのリアルさはドラマ性とも直結していた。「東京上空3部作」は「これからどうなるのか」というハラハラ感も、バイストン・ウェルが舞台になっていた時の数倍あった。
「東京上空3部作」のドラマで面白いのは、ショウと両親の関係だ。ショウの父親は、やり手のビジネスマンであり、若い女性秘書を愛人にしているようだ。母親は教育評論家だが、仕事が忙しく、一人息子であるショウの事はほとんどかまっていなかった。母親は夫の浮気を知っているようで、秘書に対して冷たく接する。彼らの関係は初登場シーンから、ギスギスしている。母親はバイストン・ウェルから戻ったショウを、なかなか自分の息子だと認めようとしない。軍人達と同様に、宇宙人がショウに化けているのではないかと言うのだ。ショウとガラリアの戦いで、多くの人が命を落としている。そんなショウが自分の息子だとしたら、教育評論家としての自分の地位が揺らいでしまう。それが彼女が、息子だと認めない理由だった。
18話「閃光のガラリア」で、ショウが本物の彼であるかどうかについて、ショウと両親が議論するシーンがある。ここも見どころだ。ショウが、自分は子供の頃から愛情を注いでもらっていなかったと言うと、母親は自分の行いを省みる事はせず、親としての責任も果たしていたし、愛を注いでいたと断言。再びショウがガラリアと戦おうとすると、母親は「もうこれ以上、人殺しはしないで! あたし達に犯罪人の親として生きてけというの!」と言う。ついにはショウに向かって「あなたは宇宙人なのよ!」と言って、銃を撃つ。それに対してショウは「あまりにも身勝手じゃないか!」と叫ぶ。断絶につぐ断絶。なんとも生々しいエゴとエゴのぶつかりあい。本放映で観た時に、母親が銃を撃った瞬間に「うわ〜、やっちゃったよ」と思った。TVアニメの一線を越えてしまったドラマだ。
勿論、そういったショウと両親のドラマは「リアルな現実」を描くためのものなのだが、それ抜きに観ても、富野監督らしいペシミスティックなドラマとして楽しめる(世の中のあらゆる人がそういったドラマを楽しめるわけではないという事は承知している)。富野監督は、特に親子関係をネガティブに描く傾向があり、「東京上空3部作」のショウ達のドラマはその代表的なものだ。ショウは、ガラリアと共にバイストン・ウェルに帰る前に、軍人に対して、自分はカシオペア座の第28惑星系から来た宇宙人だと言い放つ。両親に対して絶望した彼だったが、自分がいなくなった後に、父と母が、大量殺人をした人間の親として生きないで済むように嘘をついたのだ。彼の葛藤はドラマとしても深いし、その力強い決断は、主人公らしいものだ。『ダンバイン』全話の中で、ショウの最も格好いい言動だったと思う。
第146回へつづく
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