アニメ様365日[小黒祐一郎]

第146回 「ハイパー・ジェリル」

 今回も『ダンバイン』の話だ。18話「閃光のガラリア」で、ショウはバイストン・ウェルに戻ろうとしたが、この話数では失敗。続く19話「聖戦士ショウ」で帰還を果たした。その後、1クールほどの間、バイストン・ウェルで物語が展開。ショウは新しいオーラーバトラーのビルパインに乗り換え、宿敵バーン・バニングスは正体を隠して、黒騎士としてショウの前に立ち塞がった(余談だが、『ダンバイン』はテレビ朝日系で土曜17時半から放映。18時からは戦隊シリーズの「科学戦隊ダイナマン」をやっていた。「ダイナマン」にもシリーズ終盤に、黒いコスチュームのライバルキャラであるダークナイトが登場。黒騎士2本立てとなった)。各勢力が新しい兵器を開発し、戦闘が激しくなりつつある中、フェラリオの長であるジャコバ・アオンは、オーラマシンが世界を乱すとし、32話「浮上」で、その力を使って全てのオーラマシンを、地上に放り出してしまう。バイストン・ウェルの戦いは、地上界で続く事になった。
 本放映時に、ここから「東京上空3部作」レベルの興奮が続くのかと期待した。確かに物語に変化がついたし、スケールアップしたかもしれないが、期待したほどには面白くならなかった。ちょっと残念に感じていたところで、37話「ハイパー・ジェリル」が放映された。この原稿を書くために、「浮上」から続けて観直してみたが、やはり「ハイパー・ジェリル」はテンションが上がる。後半のアクションシーンだけでなく、話全体にエネルギーがある。キャラクターの血肉が感じられるエピソードでもあった。
 「ハイパー・ジェリル」では、地上から召喚されてドレイク軍の聖戦士となった赤い髪の女、ジェリル・クチビにスポットがあたる。ジェリルは戦闘を好む女性であり、性格も荒んでいる。地上界に戻った時の様子では、故郷にもよい思い出はないようだ。彼女は地上の軍を味方につけて、エレ王女のゴラオンを襲う。パワーを増したジェリルのレプラカーンは、マーベルのダンバインと、ショウのビルパインを圧倒。ショウとマーベルが同時攻撃をしかけた時、それに負けまいとするジェリルのオーラ力が増大。彼女が乗ったレプラカーンは数十倍の大きさに巨大化した。これが本作で初めて描かれたオーラバトラーのハイパー化だった。劇中でのショウの言葉によれば、憎しみ、怒り、傲りの心がオーラ力を増大させて、ハイパー化が起きるようだ(実際には、オーラバトラーが巨大化するのではなく、オーラバトラーのオーラバリアーが実体化し、そのために巨大化したように見えるという事らしい)。
 高揚感のある話だった。本放映時、この話を観て「ここまで『ダンバイン』を観続けてよかった」と思った。改めて観ると、レプラカーンのハイパー化から戦いの決着が着くまで、尺的にはそんなにはないのだけれど、見応えは充分。アクションもダイナミックだし、また、ハイパー化というアイデアが、ジェリルのキャラクター性、ドラマとリンクしている点が素晴らしい。キャラクターの想いの高まりが、オーラバトラーのハイパー化に繋がり、さらにドラマを盛り上げ、アクションをダイナミックなものとする。プロットもハイパーなら、それを膨らませた演出もハイパー。その演出に応えた作画もまたハイパーだった。「ハイパー・ジェリル」の演出は、後に『機動武闘伝Gガンダム』をはじめとする濃厚な味わいのロボットアニメで名を馳せる今川泰宏。これは彼の若き日の代表作だ。作画監督は、湖川友謙率いるビーボォーの若手である大森英敏、北爪宏幸。北爪が前半部分、ハイパー化を含む後半部分を大森が担当したようだ。この話では、後半のアクションが話題になる事が多いが、前半のキャラ作画もいい。ショウが、エレを背負おうとするところも見どころだ。
 「ハイパー・ジェリル」で人物描写のポイントになっているのは、Aパートラストの、ジェリルと軍の戦闘機パイロットの会話だろう。レプラカーンと並んで飛ぶ戦闘機のパイロット達は、オーラーバトラーを駆るジェリルに対して、尊敬と憧れの念を抱いており、彼女に紳士的に接して「ジェリル殿」と呼ぶ。彼らは、ジェリルの事を「素晴らしい。正に20世紀のジャンヌ・ダルクだ」「違いない。ジャンヌの再来だ」とまで言う。それを聞いたジェリルは「こそばゆいね。ダブリンで鼻つまみが、ジャンヌ・ダルクとはね」と独りごちる。ここがいい。彼女はそう言われた事の喜びを、素直に表現したりはしない。「こそばゆいね」で済ませてしまう。むしろ、簡潔なやりとりだからこそ、視聴者に彼女の内面を想像させる描写になっているように思える。そんな賞賛の言葉をかけられたのは、生まれて初めてなのだろう。そう思うと、彼女に肩入れしたくなる。「こそばゆいね」のジェリルは、画もいい。かっこいいだけでなく、存在感を感じさせる画になっている。富野監督流に言えば「肉づきを感じさせるキャラクター」になっている。物語構成で言えば、軍の人々に信頼され、その立場を守りたかった事も、彼女がショウやマーベルを倒したいと思った理由のひとつであり、それがハイパー化に繋がるのだろう。だが、それとは別に、この場面でわずかではあるが、彼女の人間的な部分を描いた事が効いていたと思う。敵を倒す事に必死になっているだけのキャラクターが、憎しみのあまりハイパー化するよりも、「ジャンヌ・ダルクだ」と言われて「こそばゆい」と思った彼女がハイパー化する方が、ドラマに深みがある。
 ここまで名前を出していなかったが、本作のレギュラーキャラに、チャム・ファウというミ・フェラリオがいる。彼女はショウと行動を共にしており、戦闘時にもコクピットに同乗。子供っぽい性格で、見た目も可愛らしく、アイドル的なキャラクターだった。「ハイパー・ジェリル」では、彼女が印象的な活躍をする。クライマックスで、ハイパー化したレプラカーンがビルパインを握りつぶそうとした時に、ショウの顔の前にチャムが両手を広げて立ち、「やらせないよ!」と叫ぶ。次の瞬間に、ショウの名前を呼ぶエレ、マーベル、ニー、キーンの姿が、彼の脳裏に浮かぶ。そこでビルパインの目がパワーアップしたかのように光り、レプラカーンを撃破する。
 この話のエピローグ部分で、ショウ達は、ジェリルは自分のオーラ力を制御できず自滅したと語っている。実際にはパワーアップしたビルパインが、自壊寸前だったレプラカーンのどどめを刺したという事なのだろう。ただ、フィルムの流れでは、チャムの叫びがエレ達の想いを呼び、その力が巨大な敵であるハイパーレプラカーンを倒したように見える。彼女が奇跡を起こしたように見える。もっと言ってしまえば、ハイパー化したジェリルのオーラ力を、チャムの心の力が凌駕したようにすら見える。ジェリルの憎しみや怒りによって、レプラカーンがハイパー化したのなら、主人公達も心の力でレプラカーンを倒せるかもしれない。心の力と、身体の大きさは関係ないだろう。小さなチャムの心が、巨大なレプラカーンを倒したのかもしれない。映像が語ったその物語は、非常に感動的だった。ここでのチャムの言動が感動的なのは、チャムがフレームに入っていくるタイミングのよさのためでもある。「やらせないよ!」の直前まで、彼女がそんな事をするとは夢にも思わない。その瞬間、ハッとする。まさしく演出の妙だ。チャムの「やらせないよ!」が「ハイパー・ジェリル」を傑作にしたのだと思う。
 この話の後にショウ、トッド、黒騎士もハイパー化するが、それらのエピソードも「ハイパー・ジェリル」ほどのパワーは持ち得なかった。前々回も書いたように『ダンバイン』はシリーズを通じて、派手さに走らず、落ちついた語り口を狙っているところがあった。プロデューサーや監督からすれば、「ハイパー・ジェリル」は、各話スタッフが「やりすぎたエピソード」なのかもしれない。ただ、僕は『ダンバイン』で「ハイパー・ジェリル」のようなエピソードをもっと観たかった。

第147回へつづく

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(09.06.15)