アニメ様365日[小黒祐一郎]

第171回 「ハルヒマヒネマ」を読む(番外編7)

 「ハルヒマヒネマ」(講談社)は、マンガ家のやまだないとが書いた映画についての本だ。内容は評論ではなくて感想。本人の言葉によれば、映画についての備忘録だ。昨年、なんとなく手にとった本で、気に入って何度も読んでいる。
 著者はやまだないとだが、ヤマラハルヒという人物が書いた事になっている。この本の中での一人称はハルヒだ。たとえば「ハルヒはこういう映画が大好きだ」といった調子で書かれている。事情は知らないが、マンガ家として創作する場合とは微妙にスタンスが違うので、別名にしているのだろう。個々の原稿はざっくばらんで、気取った感じではない。1本の映画について、数ページ書く場合もあれば、たった1行で済ませる場合もある。1行で済ませるのは興味が持てなかった映画ではなくて、むしろ気に入った映画であったりするようだ。「ハルヒマヒネマ」には、ブログ版もあるけれど、書籍の方がずっと読みやすいし、楽しめる。ヤマラハルヒと僕は、映画の好みがまるで違うようなのだけれど、違うのがまたいい。
 どうして、この本が気に入ったのか。感想そのものの面白さもあるし、ヤマラハルヒという人物のパーソナリティの魅力もあるが、ヤマラハルヒと映画の関係が豊かだと感じたのが、一番の理由だ。彼女はいろいろな映画を観て、面白がったり、残念に感じたり、あるいは、その映画と直接関係ない事を考えたりする。映画というものに依存していないのがいい。映画がないと生きていけないとか、映画について文章を書く事で何かを得ようとしているとか、そういう感じがない。当然、批評してやろうと身構えたりもしない。気軽な感じだけど、ちゃんと映画を楽しんでいる。自分の人生があって、その近くに映画というものがあって、それによって、少し人生が豊かになっている。そういう感じがいいなあと思う。
 少しだけ人生を豊かにするもの。趣味というのものは、本来そうあるべきだと思う。自分は、細かい事にこだわるマニア気質だし、アニメが仕事になっているし、何か活動をするにしても、全てアニメを通じてになってしまう。だから、なかなかナチュラルに作品に接する事ができないのだけれど、理想としては、人生を豊かにするものとして、作品とつきあいたい。
 実は「ハルヒマヒネマ」は、「アニメ様365日」を始めたきっかけのひとつだった。ああいうざっくりとした感じなら、毎日1本原稿が書けると思ったのだ。ありとあらゆるアニメについて、ちょっとずつ書いていくと、豊かな感じも出るんじゃないかと思った。それで、連載を始めてみたのだけど、無理だった。僕はざっくりと書くのに向いていない。あれについても書きたいとか、これについても書きたいなんて思っているうちに、文章が長くなってしまう。ざっくりとした感じになっていない。それについては、少し反省している。

第172回へつづく

ハルヒマヒネマ

講談社/コミック/1575円
ISBN : 9784063647396
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(09.07.21)