アニメ様365日[小黒祐一郎]

第196回 『とんがり帽子のメモル』22話、25話

 9話「マリエルの目玉焼」、10話「みんなそろって忘れ草」を観ると、僕はますます『とんがり帽子のメモル』のファンになった。振り返ってみると、僕はこのシリーズの話やキャラクターやビジュアルよりも、演出が好きだったのかもしれない。
 11話以降も、しばらくはリルル村内で展開するエピソードと、メモルとマリエルの関係を描くエピソードが並行して描かれた。「マリエルの目玉焼」や「みんなそろって忘れ草」のようなテンションの高さは無かったが、毎週楽しんで観ていた。この頃のエピソードで印象的なのが、15話「あくびをしたお人形」(脚本/雪室俊一、作画監督/青山充、演出/佐藤順一)。メモルがマリエルの屋敷にお泊まりする話で、2人の入浴シーンがインパクト抜群だった。TVアニメ美少女入浴シーン史に残る名場面だ。
 17話「とんがり帽子が消えちゃった」(脚本/雪室俊一、作画監督/只野和子、演出/葛西治)で、地球人の新キャラクターが2人登場する。夢見がちな少年オスカーと、彼のフィアンセでわがままお嬢様のグレイスだ(グレイスは猫的な顔立ちの、どこか妖艶さのある少女で、ライバルではあるが、華のある少女だった)。オスカーは、たまたま知り合ったマリエルと仲よくなり、その事からグレイスはマリエルをライバル視するようになる。マリエルもオスカーに対して淡い想いを抱いていた。ここから、その3人とメモルの関係がドラマの中心となり、リルル村の描写は減っていった。『とんがり帽子のメモル』は別路線に突入したわけだ。
 ひょっとしたら、『とんがり帽子のメモル』はここから迷走を始めたのかもしれない。ファンタジー色は薄くなったし、メモルとマリエルを中心にした小さな世界の物語ではなくなってしまった。当時の僕はそれをどう感じていたのだろうか。振り返ってみると、この変化をそんなに嫌だとは思っていなかった。ちょっと話が大人っぽい方向に転がり、それを面白がっていたように記憶している。オスカーとグレイスが登場してからで好きな話が22話「デートなんて大きらい!」(脚本/雪室俊一、作画監督/及川博史、演出/佐藤順一)だ。宇宙人に興味を持つオスカーは、マリエルではなくて、メモルをデートに誘ってしまう。メモルにとっては生まれて初めてのデートであり、リルル村は村人総出のお祭り騒ぎで、デートに向かう彼女を見送るのだった。しかし、オスカーとのデートは、湖のほとりで2人で画を描くという地味なものであり、メモルはがっかり。さらに話はデートとは関係ない方に流れていくのだが、村人総出の見送りが楽しかったし、最後のまとめ方も鮮やか。冒頭でデートに誘われたメモルがはしゃいでいる様子を、またもミュージカル風に表現しており、原画担当は名倉靖博。リミテッドなアクションも楽しいし、キメの部分では歌と口パクを合わせようとしており、見応えのある仕上がりだった。
 23、24、25話は連続ストーリーだ。23話「さよならマリエル!」(脚本/鈴木悦夫、作画監督/只野和子、演出/久岡敬史)で物語が急展開。健康になったマリエルは、今まで暮らしていた山荘を離れて、街に戻る事になってしまう。24話「マリエルたずねて冒険旅行」(脚本/雪室俊一、作画監督/姫野美智、演出/葛西治)から、マリエルはサンロアーヌ芸術学院で音楽を学ぶ事になる。その一方で、メモルはマリエルに会うためにリルル村を出る。ペネローペの自動車にこっそり乗り込み、旅行客の荷物に潜り込み、彼女がいる街を目指す。
 そして、25話「二人を結ぶ風の手紙」(脚本/雪室俊一、作画監督/小松原一男、演出/佐藤順一)は、シリーズ前半を締めくくるに相応しい大傑作。メモルはサンロアーヌの街に着いたが、人間の街は彼女にはあまりにも広く、なかなかマリエルと再会できない。メモルは猫に追いかけられ、雨に濡れる。オスカーによって、サンロアーヌの街にメモルが来ているらしい事を知ったマリエルは、学園を抜け出してメモルを探していた。そして、メモルの事を知っている家出少年ジミーを学園に入れ、メモルを探すために無断外出した事が舎監にバレてしまい、彼女は入学早々、退学処分となってしまう。ジミー達の話を立ち聞きし、自分のためにマリエルが学校を辞める事を知ったメモルは、街の鳩を集めて、その背中に乗ってマリエルを探す。マリエルは講堂のピアノを弾きたいと舎監に頼む。退学になった自分は、明日にはサンロアーヌを離れる事になる。そうなったら、二度とメモルに逢えないだろう。一分の望みにかけて、マリエルは講堂でビアノを弾く。それはいつもメモルに聞かせていた曲だ。「メモルに届いて……!」。想いを込めて鍵盤を叩くマリエル。その目から涙がこぼれる。鳩に乗っていたメモルは、風に乗って聞こえてくるマリエルのピアノ曲に気づいた! 「ピアノだ! マリエルの曲だっ! 鳩さん、夕陽に向かって飛んで!」。
 メモルが鳩を呼んでから、メモルとマリエルが再会するまでの盛り上がりは凄まじいほどのものだ。演出だけではない。軽やかなピアノ曲も、繊細な作画も、夕方の街や講堂を詩情たっぷりに描き出した美術も、全てが素晴らしい。ドラマ、映像、音楽がひとつになってグイグイと盛り上げる。街の上空を鳩達が飛ぶビジュアルも素敵だし、講堂の描写も見事に「画」になっている。講堂はまるで体育館のような広い施設であり、その広さの強調した画作りになっている。アニメでこんなにも建物の広さを表現したのを観た事がなかったし、その広さが物語をドラマチックにするのに一役買っている。講堂を超ロングショットの俯瞰で撮ったカットがあり、飛んでいる鳩の影が、極小サイズで床に映る。鳩に乗ったメモルが学院にやってきた事を示す描写で、あまりの格好良さに鳥肌が立った。マリエルがビアノを弾いているところで、時間経過を表現するために、窓から床に差し込んでいる光を動かしたカットがある。技法的には背景のオーバーラップなのだが、これも実に綺麗だった。他にも絶品カットが幾つもある。鳩の背中から飛び降りたメモルが、マリエルの手のひらに降りてくるまでのカットの重ね方が素晴らしいのは言うまでもない。
 佐藤順一は、メモルとマリエルが枕を並べる描写がそんなに好きなのか、「みんなそろって忘れ草」「あくびをしたお人形」に続いて、この話のラストでもやっている。事件が一段落して、マリエルのベッドで2人が寝ているシーンがあるのだ。小松原一男自身の画に間違いないと思うが、メモルを見つめるマリエルの顔が最高(なんだ、あの色気は!)。
 1985年春の東映まんがまつりで『とんがり帽子のメモル』を再編集した劇場短編が上映された。15分の小品だが、メインになったのはこの「二人を結ぶ風の手紙」のBパートだった。その映像は、劇場スクリーンにも充分に耐えていたと記憶している。本人がどう思っているかは知らないが、「二人を結ぶ風の手紙」は、佐藤順一としては「みんなそろって忘れ草」以来の全力投球。全ての彼の作品の中で、これが最高傑作だ。これは断言する。

第197回へつづく

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(09.08.25)