アニメ様365日[小黒祐一郎]

第201回 火事にあった

 前回の原稿で『ルパン三世 PARTIII』の「悪のり変装曲」に触れると書いたけれど、その話題はしばらく延期する。ある雑誌の記事を引用するつもりだったのだけど、その雑誌が見つからない。記事をスキャンしてから、雑誌を段ボールに入れて倉庫に送ったつもりだったのだけど、フォルダを見たらその号のスキャンデータがない。どうやらまだスキャンしてないのに、倉庫送りにしてしまったようだ。倉庫に行って、すぐに見つかるといいけれど。
 資料の話が出たので、今日は学生時代の倉庫についての話をしよう。僕は10代の頃から本が捨てられない人間だった。買ったマンガや小説が捨てられない。古本屋に売るのも抵抗があって、処分できなかった。単行本だけでなく、雑誌も捨てられない。前に話題にした「マンガ少年」は愛着があったので、創刊から最終号までとっていた。アニメ雑誌も捨てずにバックナンバーを揃えていた。そのうちに、放映リストを作るのに役に立つと気づき、TV雑誌もとっておくようになった。当時はマンガ雑誌の「ビッグコミックスピリッツ」が大好きだったので、それも手元に残していた。確か創刊数号目か、十数号目からずっと残していた。やがて、情報誌の「ぴあ」までコレクションの対象となった。自分でもおかしいと思うくらい本を残した。当時の言葉で言うと、ビョーキだった。確か高校の終わりの頃から、捨てられない病に拍車がかかり、浪人中に本物になった。
 実家は借家であり、決して広くはなかった。他にもアニメの原画等の資料があったし、ビデオテープもあった。話題にしている1984年、大学1年の事だった。実家に置き場所がなくなり、どうしようかと思っていたら、近所に格安の物件が見つかった。8畳一間で、月6千円の部屋だ。ひょっとしたら、8千円だったかもしれないが、とにかく1万円でお釣りがきた。当時としても破格の安さだ。その値段には、理由があった。その部屋はカラオケスナックの2階であり、本来はスナックの従業員のために用意された部屋だったのだ。1階の店で、深夜まで大音量でカラオケが響き渡っているので、普通の感覚ではとても暮らす事はできない。それで格安となったわけだ。月6千円なら、学生のバイト代でも、充分に家賃を払う事ができる。僕は倉庫としてその部屋を借りた。寝起きは実家でするつもりだったので、夜のカラオケがいくらうるさくても構わない。
 僕がその部屋を借りて、最初にやった事は、流し台を捨てる事だった。倉庫に使うのだから、流し台はいらない。流し台を捨てて、そこにごっつい本箱をふたついれた。他にも本箱をいくつも入れ、棚も吊ってもらった。アニメの資料は段ボールに入れて、部屋の隅に積んだ。僕にとっては、そこはマニアの城だった。8畳の部屋はあっという間に埋まっていったが、収納の仕方を考えれば、5年くらいはこの部屋でやっていけるだろうと思っていた。そんな時に火事にあった。
 大学2年の冬だったと思う。深夜、母親に起こされて外に出ると、カラオケスナックの建物が燃えていた。呆然とした。すでに消防車による消火は始まっており、近づく事もできなかった。僕は聞いていないが、消火が終わった後、消防隊員が、帰り際に「すごい量の本だったな」と言っていたそうだ。翌日、片づけるために部屋に行ったら、床は残っていたが屋根が抜けており、見上げると空が見えた。本や資料は焼け、消火の水で濡れていた。煙で真っ黒になってしまった本もあった。その大半を捨てる事になった。部屋を片づけているうちに、雪が降ってきた。まさか自分の部屋で、傘をさす日がくるとは思わなかった。『太陽の王子ホルスの大冒険』で、ヒルダが「そんなもの、火をつければ燃えてしまうわ。ただの灰よ」と言っていたが、あれは本当だなあと思った。後で分かった事だが、火元はスナックのトイレであり、タバコの火が原因だったそうだ。スナックの店長は夜逃げしてしまったので、お詫びもなかった。火災保険にも入っていなかったので、お金も入ってこなかった。ビデオテープはまだ倉庫に移しておらず、実家に置いてあったので助かった。
 しかし、僕はまるで懲りなかった。火事の数日後には、コレクションを再開したのだ。火事にあって、コレクションに熱中する事の虚しさには気づいた。気づいたけれど、集めずにはいられなかったのだ。まず、アニメ雑誌の最新号を買った。アニメムックは古本で買い直していった。火事の後は、さすがに週刊マンガ雑誌をコレクションしようとは思わなかったが、TV雑誌は残し続けた。「マンガ少年」は、随分後になって古本で全号揃いを買った。引っ越しをする友達が、いらなくなった大量のアニメ雑誌を譲ってくれた事もあった。僕の事務所には「アニメージュ」「ジ・アニメ」「マイアニメ」が、ほぼ全号が揃っているが、それは、火事の後に集め直したものだ(「アウト」は不揃い。「アニメック」は火事で焼け残ったので、焦げた本を段ボール箱に詰めて保存してある)。
 今では学生時代よりは本を捨てられるようになったが、それでも本は増え続けており、事務所と、マンションと、学生時代に借りていたのよりも大きな倉庫に、分けて置いている。しかし、振り返ってみると、火事にあって数日後にコレクションを再開した自分は凄い。呆れたものだ。明らかに頭がおかしい。

第202回へつづく

太陽の王子 ホルスの大冒険

カラー/82分/ニュープリント・コンポーネントマスター/モノラル/片面2層/16:9 LB(シネスコ)
価格/4725円(税込)
発売元/東映ビデオ
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(09.09.01)