アニメ様365日[小黒祐一郎]

第238回 『宮澤賢治 銀河鉄道の夜』

 『宮澤賢治 銀河鉄道の夜』は1985年7月13日に公開された劇場作品だ。この映画のタイトルは、シンプルに『銀河鉄道の夜』と表記される場合が多いが、あらためてDVDで確認すると、劇中で表示されるタイトルは『宮澤賢治 銀河鉄道の夜』。当時の関連出版物でも同様の表記になっているようだ。正式にタイトルを表記するなら『宮澤賢治 銀河鉄道の夜』とすべきなのだろう。
 この映画の原作となっているのは宮澤賢治の童話。監督は杉井ギサブローであり、脚本が別役実、音楽が細野晴臣という豪華な顔ぶれ。アニメーション監督は前田庸生、美術は馬郡美保子。作画という役職で江口摩吏介、猿山二郎がクレジットされている。制作プロダクションはグループ・タック。
 この映画より先に、ますむらひろしが同じ童話を、キャラクターを猫に置き換えてマンガ化したものを発表している。本作はそのマンガを原案としており、ますむらひろしのマンガと同じく、登場人物を猫に置き換えていた。以前、杉井ギサブローに「この人に話を聞きたい」で話をうかがった時にも、キャラクターを猫にした事が話題になった(「アニメージュ」2006年1月号 VOL.331に掲載された第83回)。抽象性の高い原作を映像化するために、登場人物を猫にして、抽象的な存在にしたのだそうだ。
 全体に静かであり、驚くほど静かな映画だ。画作りは、撮影や色遣いを含めて、大変に凝っており、丁寧に仕上げられている。特に絵画的な美術が素晴らしい。シークエンスごとに別の演出家が立ち、それぞれが絵コンテを担当。それを杉井監督がまとめるかたちだった。また、シークエンスごとに、映画が区切られており、シークエンスの頭に「章トビラ」を入れる独特のスタイルが採られている。
 この映画はロードーショーで観た。タイトル開けのファーストカットで、学校の校舎を撮っているカメラが、振り子のように揺れながら天から地上に降りてくるファーストカットで「やられた!」と思った。それまでに僕が観たどんな劇場アニメーションとも違ったタイプの作品である事と、しっかりと構築された映画である事はすぐに分かった。個々のシークエンスにも、表現にも面白いところが沢山あった。静かな作品世界に浸るのは心地よかった。
 映画の後半で人間のキャラクターが登場する。それまで、この映画では、人間を猫の姿で表現していると思っていたので、混乱した。その場面では、劇場でどよめきが起きた。銀河鉄道の客車に乗ってくるのは青年、少女、少年の3人だった。少女と少年が、まるで『キャプテン翼』か『タッチ』のキャラクターのようなデザインで、それも気になった。この映画で不満があるとしたら、その人間のキャラクターが唐突に思えた事くらいだ(当時発売されたムック「アニメーション 宮沢賢治 銀河鉄道の夜 設定資料集」によれば、青年のデザインは「アタゴオル物語」のテンプラをアレンジしたものだそうだ。「アタゴオル物語」はますむらひろしの代表作で、僕も読んでいる)。
 ただ、僕は原作をきちんと読んだ事がなかったので、どの程度アレンジされているのかは分からなかった。それから、何か深い事を描いた映画である事は、感覚的に分かったのだけれど、当時の僕は、描かれているものが何なのか、自分が感じたものが何なのかを言葉にする事ができなかった。爆発やビームが好きだった21歳の僕には、ちょっと手に余る映画だったのだ。
 『銀河鉄道の夜』で描いた事が何なのか。それについても、前述の「この人に話を聞きたい」でうかがっている。以下に引用する。


杉井 (略)宮沢賢治の世界をそのまま描いてたわけではなくて、宮沢賢治さんの「銀河鉄道の夜」をお借りして、『銀河鉄道の夜』という映画を作らせてもらったんですけどね。あの映画を作るにあたって1ヶ月近く、スタッフを集めてミーティングをやりました。そこで映画の中での死生観をどう捉えるかについて話し合いました。それをやらないと、ああいう抽象的なものって作れないじゃないですか。
 アニメの世界では昔から『銀河鉄道の夜』をやりたいと思った人は何人もいたんだけれど、なかなかうまくいかないんですよ。物語の意味が重層になってて、解釈がいろいろにできる仕掛けがしてある。宮沢賢治って、色とかを具体的に書く人ですよね。でも、彼は詩人なわけだから、賢治の作品にある「白」というのは、もちろん白い色という意味ではない。だから、賢治の文章の具体性を尊重してその通りに映像にしても違うと思うんだよね。僕が『銀河鉄道』を作った時には、もう人間は月に行っている。月に人間が足を着けた時代の生命観と、賢治の時代の生命観が一緒であるはずはない。だから、すごく傲慢な事を言わせてもらえば(笑)、僕は賢治が感じてたような生命観を描こうと思ったわけではなくて、自分にとっての命とはどういうものかを映画にしたかった。そういう事もあるよね。
—— あの映画を評して、宮沢賢治の思想を理解してないと言うのは、トンチンカンな意見であるわけですね。
杉井 そうですね。やっぱり賢治の思想というのは、原作に全部文字として書かれている。あれはそれを題材にした1本の映画ですから。『銀河鉄道の夜』というタイトルのアニメーション映画として括ってもらわないと。


 杉井監督から「死生観」という言葉が出た時に「ああ、なるほど」と思った。確かに、僕がこの映画で感じたものは、あの独特の雰囲気によって語られた死生観だったのかもしれない。勿論、作り手の言う事が、必ずしも正解だとは限らない。劇場で再見する機会があったら、これが死生観を描いた作品だったのかどうかを確認したい。

第239回へつづく

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(09.10.28)