第249回 『魔法のスター マジカルエミ』22話
ここで、マジカラットの若手3人組について紹介しておこう。明は、大柄の肥満体で大食漢。ではあるが、よくあるパターンとは違っており、コメディリリーフというわけではない。進は、メガネをかけた細身の男性で、穏やかで控え目な人物。痩せた身体にコンプレックスがあるのか、自分の部屋にいる時はよくウエイトトレーニングをしている。ユキ子はソバカス顔の女性。とりたてて美人でもないが、ヘチャムクレでも個性派でもない。多分、笑うと可愛いとか、そのくらいの容貌だろう。3人とも、ごく当たり前の青年だ。劇中で年齢は明らかになっていないと思うが、それぞれ20代だろう。3人とも、舞の祖父、将と一緒に大きな屋敷で暮らしている。
22話「からっと秋風 心もよう」(脚本/平野美枝、絵コンテ・演出/本郷満、作画監督/福島喜晴)は、3人組の進がメインになったエピソードだ。サブタイトルは「秋風」だが、劇中の季節は晩秋。冬が目の前に迫っている。芝居仕立てのマジックショーで、進が失敗をしてしまい、ショーは散々な結果に終わってしまう。進は、舞の祖父母に怒られる。明とユキ子は彼を慰めるが、かえって傷口を広げてしまう。翌日のショーでも、マジカラットはいつもの調子がでない。進は仕事に対して自信がなくなったのだろう。マジカラットを辞めたいと言い出して、舞の祖父と衝突。屋敷を出てしまう。ここまでがAパート。
進は寒々とした海岸に来ていた。彼は海を見ながら、シャボン玉を飛ばす。そして、力のない声で、童謡の「シャボン玉」を歌う。「♪シャボン玉 飛んだ/屋根まで飛んだ/屋根まで飛んで/こわれて消えた」。進はその先の歌詞が思い出せない。暗い空を、シャボン玉が飛んでいく。他のマジカラットの面々の描写を挟みつつ、進の放浪は続く。海の近くの駐車場で、拾った子供用の三輪車に乗って、同じところをくるくると回りながら「シャボン玉」を歌う。やはり「こわれて消えた」の後は思い出せない。進は、舞達が住む街に戻ってくる。それでも屋敷には戻らず、夜の公園でブランコに乗る。ここでも「シャボン玉」を歌う。ようやく、進は歌詞の続きを思い出す。続きは「♪風 風 吹くな/シャボン玉 飛ばそ」だった。そこまで歌ったところで、進はブランコからジャンプ。跳んだ進の目には、灯りがともった街が見える。これがクライマックス。そのまま進はマジカラットに戻るのだった。
「シャボン玉」の歌詞を思い出せないというのは、進が自分の気持ちに整理がつかない事の表現だ。
歌詞を思い出したから屋敷に戻ったわけではなく、気持ちの整理がついた事を、歌詞を思い出したという描写で表現しているわけだ。彼が悩みを解決するまでの過程で、ドラマチックな展開はない。悩みを解決するきっかけも描写されていない。彼の悩みを片付けるためにエミが魔法を使ったわけでもないし、舞が何かをしたわけでもない。進は、ただ1人で悩んで、自分で解決しただけだ。劇中で将が言ったように、彼が自分で解決しなくてはいけない問題だったのだ。
呆れるくらいに地味なエピソードだが、ジワジワと染みてくる話でもある。『マジカルエミ』は魔法少女ものらしくない話が目白押しだが、このエピソードは、魔法少女らしさの欠片もない。最高の見どころは、進が子供用の三輪車に乗って、「シャボン玉」を歌いながらくるくると回るシーンだろう。「普通の人が普通に悩む」のを、ドラマとして見事に描いた名場面だ。
この話で描写されているのは進だけではない。進の悩みを描くのと同時に、明とユキ子の悩みも描いている。明は自分の体重を気にしていて、皆に内緒でエアロビクスに通い始めていた。ユキ子は自分の外見を気にしているようであり、顔をマッサージしたり、メイクを変えてみたりする。Aパートに、それぞれが悩んでいるところを連続して見せるシークエンスがあるのだが、BGMも効果的であり、ここも、実に味わい深い仕上がりになっている。
悩んでいる進にスポットを当てるだけでなく、他の2人の悩みを描く事で、ドラマに深みが生まれている。青春群像ものになっているわけだ。「みんな、悩みがあるんだ」という感じがたまらなくいい。作り手は、かなり難易度の高いドラマ作りに挑戦している。キャラクターに対してマジメに向き合い、しかし、硬くならないように作っているのが素晴らしい。
『マジカルエミ』はシリーズを通じて、季節感を大事にしている作品だが、この話でもそれが顕著だ。ファーストカットは、道路に落ちた枯葉が、風を受けてカサカサと動いているという信じられないくらい渋いものだし、進の放浪でも、肌寒い感じがよく出ている。Aパートでユキ子が食事の支度をしている場面があり、彼女は野菜を洗おうとして、水の冷たさに驚く。その後で、彼女は窓の外に見える柿の木の、柿の実がすっかり熟している事に気づくのだ。
登場人物のそれそれが内面に抱えているものがあり、季節の移り変わりの中で、その抱えているものがゆっくりと変化していく。『マジカルエミ』はシリーズを通じて、そんな作劇をやろうとしており、「からっと秋風 心もよう」には、そういった『マジカルエミ』のドラマが集約されていると思う。ここで描かれた明、進、ユキ子のドラマは、最終3部作でリフレインされる。また、TVシリーズ終了後に作られた『魔法のスター マジカルエミ 蝉時雨』も、このエピソードを発展させたものであるようだ。
今回『マジカルエミ』を全話観返して、一番面白かったのが、この「からっと秋風 心もよう」だった。青春ものの色があるエピソードであるだけに、年をとってからの方が、感じ入るところがあるのかも知れない。ただ、本放映当時は、こういったしんみりとした話よりも、27話「国分寺さん 殺人事件」(脚本/柚木圭、絵コンテ・演出/立場良、作画監督/高岡希一)、34話「愛と哀しみの カリントウ」(脚本/平野美枝、絵コンテ/鴫野彰、演出/高山文彦、作画監督/垣野内成美)のようなコミカルな話の方が好きだった。それについては次回触れたい。
第250回へつづく
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