アニメ様365日[小黒祐一郎]

第257回 『タッチ』(TV版)

 『タッチ』は、あだち充の同名マンガを映像化したTVシリーズだ。放映当時も大人気を博した作品であるし、今では、懐かしのアニメ特番でも常連作品になっている。ストーリーについて、今さら詳しく紹介するまでもないだろう。主人公は、上杉達也、上杉和也の双子と、浅倉南の3人。野球部のエースだった和也が、交通事故のために早逝。その遺志を継ぎ、達也は甲子園を目指す。野球と恋愛を主軸にし、爽やかに青春を描いた作品だ。総監督は杉井ギサブローで、総作画監督は前田実、美術監督は小林七郎、音楽は芹澤廣明。アニメーション制作はグループ・タック。放映されたのは1985年3月24日から1987年3月22日。
 驚くなかれ杉井ギサブローは、この作品と同時進行で『宮澤賢治 銀河鉄道の夜』と劇場版『タッチ』を手がけている。アニメーション監督とシリーズ監督を別に立てているとはいえ、大変なパワーだ。さらに、前田実は総作画監督として『タッチ』全話をチェックしつつ、同時期に『Dr.スランプ アラレちゃん』(終了後は『DRAGON BALL』)も全話の原画を見ており、劇場版『タッチ』と『アラレちゃん』の作画監督も務めている。超人的な仕事量だ。
 放映枠は『サザエさん』と世界名作劇場に挟まれたフジテレビの日曜19時。キャストは三ツ矢雄二、日高のり子をはじめ、はまり役揃い。岩崎良美による主題歌もヒットした。作品内容にも、主題歌にもメジャー感があった。メジャーな枠で放映された、メジャーな番組だった。
 あだち充の原作は、ドラマは淡々としており、軽妙なところもある。小さなエピソードを積み重ねてゆき、クライマックスではしっかりと感動させる。それは『巨人の星』に代表される古典的な、熱いスポ根ものへのアンチテーゼになっており、野球に恋愛を絡ませている事を含めて、いかにも1980年代的だった。アニメ版も原作のそういった作劇を踏襲していた。この「アニメ様365日」の中で、何度か、1980年代半ばにアニメやドラマの大袈裟な描写や、ドラマチックな内容に対して、視聴者が「クサい」とか「ダサい」と言ってバカする風潮があったと書いた。大袈裟な描写がダメならば、どうやって視聴者の心に訴えかければいいのか。その回答が『タッチ』だった。『巨人の星』がそうであったように『タッチ』も「時代の作品」だった。
 ドラマの方向性以外についても、『タッチ』のアニメーションとしてのスタイルは、実は特殊だった。キャラクターも美術も、色は抑えたものであり、特に美術はリアルタッチ。流PAN背景などのアニメならではの派手な表現はなるべく避け、画面構成もどちらかと言えば実写的。つまり、渋い画作りだった。
 キャラクターのいない背景だけのカットを、BGオンリーと呼ぶが、この作品はBGオンリーを多用していた。シーンの切り替わりや、オフ台詞のカットで、校舎、浅倉家が経営する喫茶店「南風」、球場等の全景、あるいは道端の草木等のBGオンリーを使う事で、リアルな空気感、情緒、あるいはキャラクターの感情を巧みに表現していた。
 BGオンリーのカットでは、よく「じわPAN」「じわ寄り」というテクニックが使われていた。つまり、ゆっくりとカメラがPANするカメラワークと、ゆっくりとカメラが寄っていくカメラワークの事だ。じわPAN、じわ寄りを使う事で、BGオンリーのカットの表現力がさらにアップしていた。以前、「この人に話を聞きたい」で、本作でアニメーション監督を務めた前田庸生に話をうかがった。アニメーション演出とは、技法面のディレクターであり、『タッチ』におけるテクニック開発は、彼が中心になって進めたのだ。彼によれば、じわPAN、じわ寄りはこの作品で生まれた技法であるらしい。『タッチ』以前にも、スピードの遅いPAN、TRACK UPはあったかもしれないが、テクニックとして確立していなかったのだろう。
 フィルムの流れとしては、BGオンリーのカットは「間」になる。アニメ『タッチ』は、かつてないほどに、間を巧みに使った作品だった。BGオンリーだけでなく、キャラクターの会話、野球の試合の場面でも、効果的に間が使われていた。その間の部分は、決して退屈ではなかった。「間」の多用が、フィルムに緊張感を与えていた。
 選曲を含めて、音響も充実。試合シーンで遠くから聞こえる応援団の声、観客の声援、「南風」店内で流れるラジオの音声などが、非常に綺麗につけられており、作品のリアル感を高めていた。劇中で挿入歌が使われる事も多かったが、挿入歌の使い方も素晴らしいものだった。今、観返しても、音響のセンスのよさに感心する。
 画作りやBGオンリー、選曲以外の部分についても、演出的に洗練されていた。決まった画も多かったし、緩急のつけ方も巧かった。全話全カットが完璧な仕上がりではないが、演出的な完成度は高かった。僕にとって『タッチ』は演出を楽しむ作品だった。前にこの作品について原稿を書いた時に「生活感があり、リアルな作品だ」と書いたような気がする。それも間違ってはいない。さらに付け加えるなら、演出がかっこいい作品だった。

第258回へつづく

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(09.11.26)