第260回 『タッチ』のOPと杉井ギサブロー
『タッチ』は、作品ごとに様々な演出スタイルを見せる才人・杉井ギサブローならではの作品だった。熱くならないドラマも、作り手がキャラクターと距離をとっているところも、彼のセンスにフィットしていた。アニメ『タッチ』の画作りや演出はスタイリッシュでもある。スタイリッシュさも、あだち充の原作にあるものだが、それをきちんと拾いあげ、フィルムで活かそうとしたところが凄い。それをやる事で新しいアニメーションができると、分かっていたのだろう。
TV版『タッチ』で、杉井ギサブローの才能が分かりやすいかたちで発揮されたのが、オープニングの演出だった。『タッチ』はオープニングが5バージョン、エンディングが4バージョン作られている。クレジットをみると、少なくとも第3バージョンまでのオープニングは、彼の演出であるようだ。『タッチ』のオープニングは、緩急のつけ方が巧みであり、全体にスマートだった。他のアニメでは見られないようなテクニックも使われている。
特に印象的だったオープニングが、第1バーションだった。使われた主題歌は、番組タイトルと同じ曲名の「タッチ」。ファーストカットは、ロングショットの校舎をカメラが斜めにPAN-UPして、鳥が飛び立つというものだった。1カットめからして鮮烈だった。まず、ファーストカットが遠景であるというのがクールだし、始まった途端に、スピーディにカメラがPAN-UPするのも意表を突いている。カメラの動きと、鳥が飛び立つ動きのシンクロも気持ちがいい。このカットは無音であり、2カットめから主題歌のイントロが始まる。2カットめは、走っている選手の足。しかも、その足の動きが、曲のテンポに合っている。クールであり、無音のファーストカットと、曲で盛り上がる2カットめのメリハリが心地よい。
それ以降は、達也のボクシング、和也の野球、南の新体操、見つめ合う達也と南、子供の頃の達也達と、作品を代表するイメージを重ねていく。ジワPANで球場や土手を見せるカットもある。暗闇でパンチ、孝太郎、原田がジャンプして、それをスポットライトが追うカットもお洒落。タイトルロゴが出るところで、カキン! とボールをバットで打ったような音が入るのもいい。
このオーブニンクで、もうひとつ鮮烈な印象を残すのが、南が、鉄橋の下で達也の死を悲しむイメージだ。このイメージは、作画で動く線路(走っている列車から見たイメージ)、鉄橋の下にいる南、悲しむ南の顔のアップの3カットで構成されている。鉄橋の下にいる南のカットは、実写で言うと、鉄橋の下にいるカメラマンが、大きくカメラを振って(頭上の線路を撮っていたカメラを、猛スピードで正面に向ける感じで)、線路をナメてから橋桁を撮り、さらに橋桁の前で泣いている南の後ろ姿に、ズームアップするというカメラワークになっていた。ほとんど大判の背景とカメラワークのみで成立しているカットだが、非常にダイナミックで、目を引く映像になっていた。緩急の急を代表するカットだ。僕は本放映時、このカットが楽しみで仕方なかった。
この南が悲しむイメージについて、僕は、オープニングだからテンションの高い映像になっているのだろうと思っていた。ところが、物語がその場面にたどりついた時(27話「短かすぎた夏… カッちゃんに さよなら!」)、本編でも、同様のカット構成で、南が悲しむ場面を表現していた(ただし、仕上げや撮影はやり直していると思われる)。オープニングのテンションの高い映像が、きれいに本編中にハマった事に、僕は少し感動した。こんな事で感動したのは、全国の視聴者の中でも僕だけかもしけないけれど、本当に痺れた。
第2バーションのオープニングは、28話から使われた。主題歌は「愛がひとりぼっち」。今度は野球をやっている達也、新体操をやっている南の映像が中心で、2人のカットには、動きが残像になって画面に残る処理が使われている。ストロボ効果と呼ばれる技法であるようだ。ポイントのカットだけでなく、動きのある大半のカットに、そういった処理が入っている。処理自体もかっこいいのだが、1コンセプトでオープニングを作りきっているところが、またかっこよかった。このオープニングも、ファーストカットが目をひくものだった。マウンドに立った達也の足が、土を蹴るカットなのだが、動きも、残像の感じも無闇にかっこいい。どんな魔法を使っているのか分からないが、あんなにかっこいい残像の使い方は、後にも先にも、他のアニメで観た事がない。
動くスポットライトとコマ落としを多用した第3バージョン、じわPANが多い第4バージョン、白くトバしたカットを効果的に使った第5バージョンと、他のオープニングも、それぞれ違ったコンセプトで作られていた。第4バージョン、第5バージョンのストイックな感じも『タッチ』らしいと言えばらしい。放映当時に「渋いなあ」と思ったのを覚えている。ではあるが、どれが好きかと聞かれたら、派手であり、テンションが高かった第1バージョン、第2バージョンが好きだ。
第261回へつづく
(09.12.01)