アニメ様365日[小黒祐一郎]

第294回 カウチポテトの日々

 1986年頃から、僕は映画館でアニメを観る頻度が下がった。前回前々回で取り上げた『天空の城 ラピュタ』はロードショーで観たし、「東映まんがまつり」や劇場『ドラえもん』は映画館に足を運んだけれど、同年の話題作『アリオン』や『PROJECT "A" KO』は、公開後にビデオソフトで観た。この頃になると、大抵の劇場アニメがビデオソフトになるのが分かっていた。公開時に「後で、レンタルビデオで観ればいいや」と思うようになったのだ。
 それまでは、ロードショー時に劇場に行かないと、その映画を観るチャンスは二度とないかもしれないと思っていた。だから、マメに映画館に行っていたわけだ。また、劇場アニメがTV放映される事があったとしても、放映枠の関係でカットされる場合が多かった。しかし、ビデオソフトならノーカットだ(ビデオソフト初期には、カット版もリリースされていたけれど)。当時のレンタル料は、今よりは高額だったが、電車賃を払って映画館に行くよりは、ずっと安くすんだ。
 ビデオソフトの増加と、レンタル店の普及によって、アニメを視聴する環境が変わった。僕の行動範囲にもレンタル店が増えた。中には、アニメの新タイトルをたっぷり仕入れてくれる店もあった。僕は喜んで借りまくった。時間に余裕がある時はアニメだけでなく、実写の映画も借りた。それまでと同じように自分で録画した番組も観ていたが、それと別に、ちょっと豪華な楽しみとして、僕の趣味にレンタルビデオの視聴が加わったわけだ。あの頃は、自分の街にレンタル店があり、そこに山ほどビデオソフトが並んでいるのが、妙に嬉しかった。
 それから、1986年前後に、僕は大型TVを購入している。大型と言っても、当時の事だから29型だ。重低音が出るのがセールスポイントになっている機種だった。TVが大きくなって、一段とビデオ鑑賞が楽しくなった。大型TVが威力を発揮したのは、やはり、劇場作品だった。ビデオソフトと大型TVの組み合わせには、それまでのエアチェックしたビデオと小さなTVでは味わえない悦びがあった。要するに「自宅で映画を観ている」と感じられたのだ。しかも、映画館で観るのと違って、好きな場面を何度でも観られるし、リラックスして観られる。規模は小さいが、ホームシアターを手に入れた気分だった。自分でも当時の事を振り返ると笑ってしまうのだけれど、大型テレビを購入した時には、天下を取ったような気がした。友達を家に呼んで、大型TVとビデオソフトを肴にして呑んだりした。
 大型TVを購入した1年後か2年後に、レーザーディスクのソフトを頻繁に買うようになった。LDを買い、LDBOXを買った。レンタル店、大型TV、レーザーディスクで、僕の視聴環境はやたらと充実したものになった。当時の気分を言葉にするならリッチだ。僕は家でゴロゴロしながら、大型TVでビデオを観るのをリッチな行為だと思っていた。ビデオデッキが自宅に来た時(第90回 ビデオデッキがやってきた)以来の大きな変化だった。カウチポテトという言葉が流行ったのもその頃だと思う。僕はカウチポテト的な快楽にどっぷりと浸かっていた。不健康なビデオマニアの道をまっしぐらに進んでいた。同年輩のアニメマニアには、似たような生活をしている人が少なからずいただろうと思う。
 映画館の話に戻すと、以上のような理由で、1980年代後半は映画館で観ていない作品が多い。映画館で観るよりも、自宅で観る方が楽しかったのだ。だけど、「後で、レンタルビデオで観ればいいや」と思って、結局、いまだに観ていないタイトルがある。それについては、もったいない事をしたと思っている。それから、あんなに嬉しかった大型TVにも、数年で飽きてしまった。1990年代に入ると「やっぱり、映画は映画館で観ないといけない」と思うようになった。

第295回へつづく

(10.01.27)