アニメ様365日[小黒祐一郎]

第292回 『天空の城 ラピュタ』

 『天空の城 ラピュタ』は宮崎駿監督の劇場アニメであり、スタジオジブリの第1回作品だ。『風の谷のナウシカ』に続いて、彼が原作としてもクレジットされているが、今回は先行して発表されたマンガ作品は存在しない。作画監督は丹内司、美術監督は野崎俊郎、山本二三。1986年8月2日公開。登場人物や物語については、今さら紹介するまでもないだろう。
 2010年の現在、この作品の人気が非常に高いのは知っている。スタジオジブリ作品で、一番支持率が高いタイトルかもしれない。それが分かっているので、言いづらいのだけれど、僕は『ラピュタ』があまり好きではない。ロードショーで観た時には、ちょっとがっかりした。また、似た感想を何度か耳にした。少なくとも、公開時に僕の周りで(いずれも、当時20歳以上のマニアックなアニメファンだ)絶賛している人間はいなかった。
 興行的に見ても、少なくともロードショー時に、大ヒットはしていないはずだ。『ラピュタ』はTV放映などにより、人気が上がっていったタイトルなのだろう。どうして人気が上がっていったかについては、よく分からない。若い観客の琴線に触れたのかもしれないけれど、単純に観る側の年齢の問題だけではないように思う。
 僕は、公開されるまで『ラピュタ』を冒険活劇だと思っていた。アニメージュで最初に大特集が組まれたのが、1985年12月号(vol.90)だ。その表紙に打たれたタイトルは「血湧き肉躍る“漫画映画”の復権を目指して!」だったし、記事でも冒険活劇である事が強調されていた。さらに言えば、宮崎駿が冒険活劇を作るのだ。少年が少女を救う物語だ。『未来少年コナン』のような作品であり、『ルパン三世 カリオストロの城』のような血湧き肉躍る作品だろうと思っていた。『ナウシカ』ではちょっと違った方向に行ったけれど、今回はお馴染みのジャンルに戻るんだなと思った。
 ところが、実際に観た『ラピュタ』には、血も沸かなければ、肉も踊らなかった。ワクワクする場面はあるのだが、主人公であるパズーの活躍が圧倒的に少ない。一番高揚感があったのは、中盤でドーラ一味とパズーが、フラップターでシータ奪還に向かうところだった。しかし、その後はシータを連れ戻すだけ。パズーの活躍は、ドーラが気絶したところでフラップターを立て直すくらいだ。クライマックスでは、シータと再会するまでに、パズーの身体をはったアクションはあるが、再会した後は、2人で呪文を唱えるだけ。初見時には「え、それだけなの?」と思った。これからパズーの活躍が始まるかと思ったところで終わってしまった印象だ。
 もちろん、楽しめた部分はある。冒頭でシータが落ちるカット、後半でパズーがラピュタから落ちそうになる場面での、高さの表現は素晴らしかった。後にも先にも、劇場アニメで、高い場所をあんなに怖いと思った事はない。ドーラ一味は、いつもの宮崎作品ノリで、愉快なキャラクターだった。美術も凄い。特に、崩壊後の根が露出したラピュタの迫力は、圧倒的だ。だけど、映画全体としては不満が残った。
 『ラピュタ』は、『未来少年コナン』や『カリオストロの城』よりも、ずっとリアル寄りの作品だった。つまり、マンガではない。パズーも超人ではない。大ジャンプをしたりはしないのだ。前述のアニメージュの特集でも、その事に触れている。インタビューをもとにした記事で、絵コンテを執筆中の宮崎監督にとって「そんなふつうの少年がはたして主人公になりうるのだろうか」が最大のテーマであり、「彼ら(編注:パズーとシータの事)がラストでほんとの主人公になれればいいんです」と考えていると書かれている。
 演出も全体に抑え気味だ。演出については、同作のロマンアルバムにおけるインタビューで、宮崎監督は「面白いかどうかは別にしてまじめに作った映画だって感じがする(笑)」と語っている。演出的なハッタリをやらなかったという意味だ。同インタビューでは「全部日常的に撮った」とも語っている。
 普通の少年を主人公にし、日常的な感覚で撮られた作品。つまり、『ラピュタ』はリアル感が強い冒険活劇だ。ファンが『ラピュタ』に魅力を感じているのは、そういった現実味ゆえなのかもしれない(いや、ムスカのセリフとか、個々の場面などに魅力を感じているのは知っている。それとは別の話だ)。そして、僕が残念に思うのは、リアル感に引っ張られて(他の理由もあるのだろうが)主人公の活躍が薄味になっている事だ。
 『ラピュタ』の話は、もう少しだけ続ける。

第293回へつづく

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(10.01.25)