アニメ様365日[小黒祐一郎]

第314回 安濃高志CDから吉永尚之CDに

 安濃高志CD時代の『めぞん一刻』の方向性を乱暴に一言で表現すれば、「リアル寄り」だろう。安濃高志CD時代を代表する話数としては、ここまでで取り上げた27話、39話、40話。それから、30話「エッ響子さん結婚!? 五代くん涙の引越し」(脚本/伊藤和典、絵コンテ・演出/吉永尚之、作画監督/河南正昭)、31話「一刻館スキャンダル 五代くんが同棲中!?」(脚本/伊藤和典、絵コンテ・演出/片山一良、作画監督/音無竜之介)を挙げたい。
 30話、31話は前後編では、響子と三鷹が結婚すると勘違いし、五代が一刻館を出てしまう。五代が引っ越した先には前の住人がまだ居座っており、五代は押し切られて彼らと同居する事になる。展開としては原作に沿ったものだ(同居する事になった女性は、原作ではソープ嬢なのだが、アニメではさすがにそこには触れていない)。30話も31話も演出に力が入っており、見応えのある仕上がり。特に30話が、安濃高志CDのテイストが強い。
 30話で、響子の口から、三鷹と結婚すると聞いてしまった五代はショックを受けて、その場から立ち去る(もちろん、彼の勘違いである)。次のシーン、五代は誰かに見られているわけでもないのに、1人で元気に振る舞い、坂道を駆け上がる。そして、欄干の上を軽快に走る。その五代の姿がスローモーションとなり、「どこかで、金木犀が匂っていた……」という彼のモノローグがかぶる。響子の結婚とはまるで関係ない事を言わせて、逆に五代の想いの深さを表現する描写だ。その直後、シーンが変わると、五代は一刻館を出る決心をしており、荷物をまとめている。
 「どこかで、金木犀が匂っていた……」という彼のモノローグは、かなり詩的だ。『めぞん一刻』としてはやり過ぎだという意見もあったかもしれないが、僕はこういったトーンで統一された『めぞん一刻』も観てみたかった。
 これは僕の想像だが、安濃高志は30話、31話前後編、39話、40話前後編のような、シリーズの主軸となる話をリアルタッチな演出で進め、その間に、33話「玉子はミステリー? 四谷の危険な贈り物」のようなサブキャラクターにスポットをあてたエピソード、29話「ハチャメチャ秋祭り 響子さんと井戸の中」、37話「アブナイ 仮装大会!! 響子も過激に大変身」のようなコメディ編をはさんでいくつもりだったのだろう(ちにみに、29話はお化け屋敷の話で、山下将仁が作画で参加。37話はスタジオジャイアンツの作画で、コスプレ編。37話は本放映でも好きな話だった)。
 安濃高志CD時代は27話から52話だが、力作や異色作は、その前半の40話までに集中している。後半は突出した演出が減り、大人しくなった印象だ(このあたりは、いずれ改めて検証したいと思っている)。そして、53話からCDが吉永尚之に交代。また作品のカラーが変わる。
 吉永尚之CD時代の『めぞん一刻』は、とにかく観やすかった。やまざきかずおCD時代のマンガ的(あるいは「いかにもアニメ的」)な感じはなく、安濃高志CD時代よりは弱いとはいえ、ややリアルなタッチ。そして、安濃高志CD時代よりも華があった印象だ(逆に言えば、安濃高志CD時代は、少々ストイックなところがあった)。要するに、前2時代よりもバランスのよいシリーズになった。
 吉永尚之CD時代は、ストーリー構成も安定していた。また、五代に恋する女子高生の八神が登場するところから始まっており、以降の展開でも彼女の存在感が大きい。さらに57話から、最終的に三鷹と結ばれるお嬢様の九条明日菜が登場。華がある印象になったのは、若い女性キャラクターが増えて、恋愛模様が複雑になったためでもあるのだろう。非常に贅沢な事を言わせてもらえば、吉永尚之CD時代はアクが弱く、食い足りないところがあるのだが、トータルで見れば、吉永尚之CD時代が一番楽しめた。
 僕はどういった事情で2度も路線変更が行われたのかは知らないが、バランスがいい作品として完結したのはファンにとっても、『めぞん一刻』というタイトルにとっても、幸福な事だったと思う。

第315回へつづく

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(10.02.25)