アニメ様365日[小黒祐一郎]

第342回 『王立宇宙軍』続き

 今回は、自分自身の話だ。ひょっとしたら、過去に書いた原稿と矛盾があるかもしれない。もしも、まるで違う事を書いてしまったら、申しわけない。『王立宇宙軍 オネアミスの翼』公開時、僕はアニメージュで仕事を始めていた。だが、僕は『王立宇宙軍』の特集には参加していなかったので、どんな内容であるのかは、記事で知るしかなかった。特集には、期待どおりの立派なビジュアルが掲載されていた。記事を目にして、グータラだった宇宙軍のメンバーが、ロケット打ち上げをきっかけにやる気を出して、目的に向かって突き進んでいく。そういった、明るく楽しい青春ものでもあるのだろうと思っていた。
 この原稿を書くにあたって、当時の記事を読み返してみたところ、確かにそういったノリの記事が掲載されていた。「猛特訓が始まり、シロツグと仲間たちは次第に本気に計画へのめりこむようになっていく。“なにかおもしろいこと”“お祭り”が始まったのだ。もともと祭りずきの連中だ。かくして物語はドガチャカに陽気にころがりだしていくのである」(アニメージュ1986年12月号[vol.102]特集から抜粋)といった具合だ。リイクニについても、映画を観るまでは、もっと劇場アニメのヒロインらしい、思い入れができる女の子だろうと思っていた。それを疑う理由はなかった。
 僕は、公開前に『王立宇宙軍』を観る機会を得た。アニメージュ編集部から、僕を含めた若いライターに、試写を観に行くようにという指示があったのだ(実際にはライターだけではなく、編集者もいたかもしれない)。僕達が、試写会に呼ばれたのは、渡辺繁プロデューサーに感想を伝えるためだったようだ。渡辺プロデューサーは、若い観客の意見を聞きたいと考えて、編集部に若いライターを呼ぶように依頼したのだろう。それが広くマスコミに向けたものだったかどうかは覚えていない。ひょっとしたら、アニメ誌関係者だけが呼ばれたのかもしれない。上映前に「これは制作中のフィルムで、これからリテイクするカットも入っている」という説明があった。事実、これから直すに違いないカットが、いくつかあった。それ以外は、ほぼ完成品だった。
 『王立宇宙軍』本編の内容は、予想とは随分違っていた。クライマックスのロケット打ち上げ直前のドラマには感動したし、それと並行して展開された戦闘シーンは、今まで観たどのアニメよりもクオリティが高かった。ロケット打ち上げ時のビジュアルに至っては、本当に人間が手で描いたのかと思うくらいの仕上がりだった。
 当惑したのは、主には中盤までのドラマだ。作劇としては抑制を効かせたものであり、シロツグ達の日々はやるせなさに満ちていた。宇宙軍の連中が、空軍に馬鹿にされて、大ゲンカをする場面がある。ここは盛り上がる場面かと思いきや、その前の場面で、生まれて初めて飛行機に乗っていたシロツグが、激しく嘔吐し始めてしまう。その様子にシラけて、皆もケンカをやめてしまう。ケンカですら盛り上がらないのだ。彼らのやるせなさを端的に示した場面だった。アニメージュの記事にあったように「ドガチャカに陽気にころがりだし」たりはしなかったのだ。
 リイクニは、よく分からない娘だった。宗教に対して熱心なのはいいにしても、頑ななところのある少女だった。最後の最後まで、シロツグと気持ちが通じる事はなかった。外見についても、あまり可愛いくはない。見事に「そのあたりに普通にいそうな女の子」としてデザインされていた。ではあるがシロツグは彼女に執着し、アプローチを続けた。
 宇宙軍の連中のやるせなさも、可愛くない女の子に入れ込んでしまう感じも「分かる」ものではあった。空軍とのケンカが、シラけた感じで終わってしまう情けなさも、まるで自分の事のように感じられた。ではあるけれど、それを楽しめたかというと、少なくとも、初見時にはあまり楽しめなかった。「どうして、こんなに楽しくない作りにしているのだろうか」と思った。他にも疑問はあったのだが、それが一番大きかった。
 試写会の直後だったか、数日後だったかは覚えていないが、渡辺プロデューサーの前に、ライターが雁首を並べて、感想を報告した。他のライターがどう答えたのかは覚えていない。僕は、映画を観て感じた違和感について述べた。クライマックスは感動したけれど、それまでの展開は、観ていて心地よくなかった。それから、淡々とした語り口にもどかしさを感じた。そんな感想を口にしたはずだ。僕らがどんな感想を言っても、渡辺プロデューサーはニコニコして話を聞いていた。その様子は、いかにも作品を愛しているようであり、印象に残った。
 当惑についての話を、もう少し続ける。

第343回へつづく

王立宇宙軍 オネアミスの翼[BD]

カラー/125分/(本編120分+映像特典5分)/ドルビーTrueHD(5.1ch)・リニアPCM(ドルビーサラウンド)・ドルビーデジタル(ドルビーサラウンド)/AVC/BD50G/16:9<1080p High Definition>/日本語・英語字幕付(ON・OFF可能)
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(10.04.07)