第343回 『王立宇宙軍』についての賛否両論
『王立宇宙軍 オネアミスの翼』は物議を醸した。僕も、この映画について、何度か知人と話をした。知り合いの若いプロデューサーが憤って「伝えたい事のない人間は、作品を作ってはいけないと思うんですよ」と熱弁を振るっていたのが印象的だ。実際にはメッセージ性の強い映画であるのだが、おそらく彼は、映画中盤までのやるせない感じや、シロツグとリイクニの関係に、伝えたい事がない若者が映画を作ってしまったと感じたのだろう。あるいは宇宙に行く物語であるのにも関わらず、宇宙についての夢が描かれていないと思ったのかもしれない。
当時、この作品について、よく言われたのが「どうして異世界を舞台にする必要があったのか分からない」「演出的に抑制を効かせすぎ」「エンターテインメント性が低い」「主人公達やヒロインを魅力的に描いていない」「主人公達に感情移入しづらい」といった事だったはずだ。
公開直前のアニメージュ(1987年4月号[vol.106])でも、この作品の特集が組まれている。見どころは1色ページだ。「試写会後、アニメ界で賛否両論の嵐 『オネアミスの翼』をどう見るか!?」というタイトルで、試写を観た業界関係者からコメントをとっている。それぞれのコメント記事の見出しを拾うと「アニメのファッションを着た実写的映画」「人類が滅亡する前にこの映画が作られたことに感謝したい」「ぼくが追いかけたいものとすごく似ている映画」「ひとりの観客としてはすきな映画です」「とにかく若い人に見てほしい!!」「演出のブレーキを感じました」「もう少し大衆受けするものを!」となる。まさしく賛否両論だ。
「アニメのファッションを着た実写的映画」というのは河森正治のコメントだ。この発言は印象的だった。彼はこの映画はアニメというファッションを着てはいるが、アニメアニメした手法を極力使わないで、楽しめる作品にしているとし、高く評価。アニメを実写に近づける事の意義が論じられてきたが、この作品でひとつの結論が出た。いわゆるアニメ映画や古典的な漫画映画に続く、別のジャンルとして“アニメのファッションを着た実写的映画”があり得るのを示したと語っている。“アニメのファッションを着た実写的映画”というのは、たとえば『機動戦士ガンダム』や『超時空要塞マクロス』のようなルックスを持っているにも関わらず、やっている事は現実的な事ばかりであり、実写の映画のようだという意味だろう。鋭い分析であるし、今読むと『王立宇宙軍』のアニメ史的な位置づけについて、正確に語っているように思える。ただし、そこまで評価している彼も、シロツグ達が宇宙に行く団体にいるのにグータラしている事に引っかかるとし、劇中の宗教についての扱いが、鬱陶しいくらいに饒舌だと語っている。
その特集で、もうひとつ面白かったのは読者のコメントだ。アニメージュではふたつ前の号で“『オネアミスの翼』への期待”についての文章を募集し、同じ号のカラーページで、寄せられた18歳の女性読者の文章を掲載している。その文章は映画を観る前に書かれたもので、同じ号の1色ページでは、彼女が映画を観た後の感想を掲載している。「あの作文は小説を読んで書いたので、シロツグの夢の実現がテーマだと考えていたんですけど、実際に見たら違ってましたね(笑)。でも人々が歴史をつくっていくんだっていうテーマはとっても好きです。でも、話がついていってませんね。文句いいたい(笑)」と、なかなか手厳しい。小説というのは、公開前年の12月に1巻が刊行されたノベライズの事だろう。カラーページで映画に期待する読者の文章を載せ、1色ページで、それを否定するコメントを載せているところに、アニメージュ編集部のこの作品に対するスタンスの揺らぎが読み取れる。
編集部の揺らぎと言えば、同特集の締めも、編集部側の意見がまとまらないというものだった。2ページにわたって、(望)こと、現在はプロデューサーとして活躍している高橋望が、この作品について書いている。彼は「なんといっても26歳のぼく自身の感じ方、生活、夢、そういうものが初めてアニメ映画の中に描かれているというのがうれしかったのです。おじさんではなく、自分と同じ世代のスタッフが、自分たちに向けて映画を作ってくれたと感じられたのです。王立宇宙軍の連中には借り物ではない、本物の青春がありました」と全肯定しているのだが、編集部スタッフの感想は、おそろしいほどそれぞれが違っているとし、その後で、各編集スタッフのコメントを並べている。共感している編集スタッフもいるが「おもしろいと素直にいえる映画じゃなかった」「リイクニというキャラが全然わかりませんでした」という意見も出ている。
このアニメージュの記事には、当時の戸惑いがよく現れている。だが、今になって作品を観返すと、どうしてそんなに戸惑っていたのだろうかと思う。それについては、次回で。
第344回へつづく
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(10.04.08)