アニメ様365日[小黒祐一郎]

第345回 『王立宇宙軍』と若者の映画

 『王立宇宙軍 オネアミスの翼』を観てから、「この映画は何なんだろうか」という事が気になり、雑誌やムックのインタビュー記事を読み、そして、色々と考えた。初見時には中盤までの淡々とした感じをあまり楽しめなかったが、シロツグ達のやるせなさも、可愛くない女の子に入れ込んでしまうのも「分かる」と思った。だから、何かをリアルに描くために、わざとああいった作劇にしているのだろうという事は理解できた。
 舞台を異世界にした理由については、山賀監督は何度か取材で語っているはずだ。当時買ったムックは、仕事で人に貸したっきり返ってきていないので、雑誌から引用する。前回も取り上げた「キネマ旬報」の対談記事からだ。


山賀 まるっきり何もなかった状態の時に、観客が実感を持ったまま宇宙に行けるような映画をつくれたらいいなと思ってたんです。最後まで捨てない実感って何だろうと考えていくと、現実の世界では、こちらが伝えたい以外の無駄な情報がどうしても出てくるでしょ。例えばロケットの話で、ガガーリンの話にするとソ連のストーリーだし、アメリカの話だと現にあった話になって、こちらが伝えたい部分が純粋に受け取ってもらえないだろう。それなら、まったく別の世界の話にしちゃおうと。ただ、とんでもない世界にしたら、実感を持って宇宙に行く映画にするには、ちょっとしんどいんで、もう一つの現実みたいな世界をつくって、こちらが与えた実感や情報だけで、観客を操作できるのではないだろうかと。


 同対談では、10代、20代の若い層にとって、大人が作った小説や映画は現実から離れすぎている。一度、観客にとっての現実に立ち帰るためにも、観客にとっての現実に忠実に作りたかったと語っている。当時のアニメージュのインタビューでは、今の若者がだらしないところを強調し、デフォルメしているが、シロツグを現代の若者として描いたと発言している。合点がいく話だった。今となっては「観客に実感を与えるために、現実と似た異世界を構築する」という作りを、あまりにまわりくどいと感じもするが、当時の僕には納得できる考え方だった。そのまわりくどさ、マニアックすぎる作り方が、若者らしいとも思える。
 もうひとつ、初見時から気になっていた事がある。文明と歴史の扱いだ。劇中で、リイクニが宗教的な目線で語る文明。将軍が語る文明と歴史。インタビュアーがシロツグに投げかけた、ロケット打ち上げと貧困の関係。それらの言葉に触れ、シロツグは、柄にもなく難しい事を考え始める。宇宙に出たところで、彼は人々に自分の考えを語りかける。それは人類の進歩と未来についての話だ。語りながら、彼は祈りを捧げる。その後、宇宙空間で、シロツグは様々なイメージを幻視する。それは、シロツグの少年時代の回想と、彼らの星の歴史だった。
 物語の作りとしては、ごく当たり前の若者が、人類初の有人宇宙飛行と偉業をなし遂げた。なし遂げた瞬間に、彼の意識、今までの人生、人類の歴史がリンクしたかたちだ。そこに至るまでの段取りはきちんと重ねているし、リンクした事自体は感動的だった。人類と文明の問題は、本作のもうひとつのテーマでもある。分かってはいるが、それでも唐突だと思った。これは単純に好みの問題かもしれないが、シロツグ達の地に足がついたドラマから、人類の歴史への飛躍が大きすぎると感じた。初見時にも、その飛躍に作り手の若さを感じとった。ただ、その若さが、決して嫌ではなかった。その若さが、作品の力とつながっていたからだ。
 シロツグの語りかけた内容は、リイクニと将軍の言葉の受け売りではなく、2人の言い分を聞いて、彼なりの意見をまとめたものだ。言っている事は間違ってはいないが、ちょっと薄っぺらいと思った。言っている内容ではなくて、周りに色々と言われて考えるようになったのを、薄っぺらいと感じのかもしれない。
 ただ、今になったから言える事ではあるが、人から聞いた意見を自分なりにまとめて語るくらいの方が、等身大の若者らしい。普通の若者が、あまり変わらずに普通のまま宇宙に行った。それで、考えた事がなかった事を考え、見た事のないものを見た。そういう物語だったのだろうと思う。シロツグは現実の枠からはみでる事はなかった。それは宮崎駿が言うところの“正直に作った結果、現実にからめとられてしまっている”部分であるのかもしれない。
 とにかく『王立宇宙軍』は「若者が若者を描いた映画」であった。それは間違いない。

第346回へつづく

王立宇宙軍 オネアミスの翼[BD]

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(10.04.12)