アニメ様365日[小黒祐一郎]

第346回 『王立宇宙軍』と普通の映画

 『王立宇宙軍 オネアミスの翼』は、異世界を舞台にして、現実的な若者を描いた作品だった。演出的に抑制を効かせて、淡々と描いていたのも、若者の生活感を反映させるためだったのだろう。シロツグ達のグータラぶりも、リイクニがちょっと変わった女の子になっているのも、若者達の現実を「らしく」描くためだった。リイクニは、学校によくいるような「見ようによっては可愛い女の子」であり、シロツグも彼女にアプローチしていく中で、素敵な女の子でない事が分かっていく。「絵に描いたような、理想的なヒロインではない」という意味で、彼女はリアルなキャラクターだ。
 最後まで、シロツグとリイクニは気持ちが通じなかった。そうなったのは、若者を現実的に描こうとしたからだけではない。シロツグが、宇宙飛行のパイロットに志願したのは、リイクニがきっかけだったが、クライマックスで彼が踏ん張ったのは、彼女のためではなかった。その時には、彼女とのスレ違いが決定的なものになっていた。シロツグは、最後の最後に、自分達がやってきた事、やりとげなくてはいけない事のために本気になった。女の子にいいところを見せるために一所懸命になるよりも、自分で見つけたやりたい事のために努力する方が数倍かっこいい。それを描くために、シロツグとリイクニのドラマは、ああいったかたちになったのだろう。
 そういった事を理解してから、改めて『王立宇宙軍』を観ると「普通の映画」だ。手法は変わったものではあるが、描いている人物も、伝えようとした事も、ごく普通の事だ。どうして、公開時にあれほど戸惑ったのだろうか、とさえ思う。
 戸惑った理由はいくつかあるが、単純に、僕達が「アニメで作られた普通の映画」に慣れていなかったため、というのが大きいのではないか。たとえば、公開当時でも、同じ内容の実写映画を観せられたら、面白いと思ったかどうかは別にして、あれほど戸惑いはしなかったはずだ。「アニメは楽しいものであり、ワクワクするものだ」「アニメは、ある程度、理想化された人物を描くものだ」といった思い込みが、まだあったのだろう。
 第343回「『王立宇宙軍』についての賛否両論」で話題にしたように、河森正治は、この作品を「アニメのファッションを着た実写的映画」と評した。「アニメのファッションを着た実写的映画」とは「いわゆるアニメ」のカテゴリーにあって、アニメアニメした手法を極力使わないで作られた作品の事だ。今では、そういった作品は珍しくない。分かりやすい例を挙げれば、押井守監督の『INNOCENCE』や『スカイ・クロラ』、今 敏監督の『PERFECT BLUE』『TOKYO GODFATHERS』は「アニメのファッションを着た実写的映画」だろう。深夜TV放映されている美少女アニメにも、近しい作りのタイトルがある。
 『王立宇宙軍』の影響で、実写映画的なアニメ映画が作られるようになったとは言わない。それ以前にも、そういった傾向は様々な作品に現れていた(いわゆる「アニメ」のカテゴリーには入っていないが、『母をたずねて三千里』だって、実写映画的だ。この場合の、“いわゆる「アニメ」”には、ティーン以上の観客をターゲットにした作品というニュアンスがある)。
 『王立宇宙軍』がなくても、「アニメのファッションを着た実写的映画」は作られただろう。ではあるが、『王立宇宙軍』が先駆けではあったのは間違いない。

第347回へつづく

王立宇宙軍 オネアミスの翼[BD]

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(10.04.13)