アニメ様365日[小黒祐一郎]

第347回 『王立宇宙軍』とGAINAXの自画像

 『王立宇宙軍 オネアミスの翼』は「若者が作った若者の映画」だった。第343回「『王立宇宙軍』についての賛否両論」で発言を引用したように、アニメージュ編集部の若手編集者だった高橋望は「この映画には、自分達の感じ方、生活、夢が描かれている」と語っている。僕は、そこまで「自分達の映画だ」とは思えなかったが、「分かるなあ」と思った部分は多かった。ある程度は、映画に描かれた価値観や気分に共感できたのだろう。
 映画冒頭で、回想とともに、シロツグが自分の生い立ちを語る。自分はごく普通の育ちであり、エリートではないために、夢にみた海軍に入れなかった。夢を実現できなかった人間である事にも共感できたし、彼が、自分が貴族でも金持ちでもない事を、アイデンティティにしているのが、面白かった。そういった自意識の持ち方が、いかにも自分達の世代的だと思った。
 僕が一番「分かるなあ」と思ったのは、シロツグがリイクニに初めて会う直前だ。親友のマティが、歓楽街にある馴染みの店に、シロツグを連れていこうとする。劇中の描写だけでは、どんな店なのかは分からない。女の子のノリからすると、キャバクラのような店と思われるが、前後には遊郭を連想させる描写もある。とにかく色っぽいお店だ。マティはノリノリで店に入っていくが、シロツグはなぜかその気になれずに、店に入らない。
 シロツグが、特に潔癖な人間として描かれているわけではない。マティに連れていかれたのがどんな店かが分かっても、嫌な顔は見せず、ハハハッと笑う。嫌悪感を感じたわけではないが、なんとなく入る気がしないところに「分かる分かる」と思った。店に入らなかったシロツグが、歓楽街を眺めながら歩き、少女が配っていた宗教に関するビラを受け取る。その少女がリイクニだった。そういったシチュエーションで出逢ったから、シロツグは彼女に惹かれたのだろう(ただし、初めてリイクニを見かけた時の心情は描写されていない)。日陰に咲いた一輪の花に見えたのかもしれない。それも「分かる分かる」だった。あえてオタクという言葉を使うなら、『王立宇宙軍』は「非オタクアニメ」に分類されるはずだが、この風俗店のくだりは、オタク的なメンタリティとリンクした部分だったと思う。
 「分かるなあ」と思えなかったのが、シロツグによるリイクニ強姦失敗事件だ。まず、アニメで、主人公がヒロインを力ずくでモノにしようとしたのは衝撃的だった(同じ筋立ての実写映画で、似た展開があっても、さほど驚かなかっただろう)。その場面は非常に緊張感があった。ある意味、この映画のクライマックスだ。翌朝、彼は強姦しようとした事を謝ろうとするが、彼女は怒ってさえくれない。シロツグの過ちも、欲望もまるでなかったかのように振る舞う。そうなった時のシロツグのやるせなさはよく分かった。
 想いが遂げられなかった事が、間接的にロケット打ち上げ時の踏ん張りに結びつくわけで(あそこでリイクニが受け入れたら、シロツグはクライマックスであれほどは頑張らなかっただろう)、シロツグのドラマにとって必要な展開だった。それも理解できた。作り手が「狙って入れた場面」であるのも分かった。ではあるけれど、共感はできなかった。強姦という行為をあまりに生々しすぎると感じたのか、話の流れとして納得できなかったのかは覚えていないが、初見時には、少しシロツグから気持ちが引いてしまった。今となれば、それを青春映画っぽい展開とも思えるのだが、当時の僕は、まだうぶなところがあったのかもしれない。それが『王立宇宙軍』を「自分達の映画だ」と思えなかった理由のひとつだ。
 『王立宇宙軍』は「若者が作った若者の映画」であるのと同時に、GAINAXスタッフの自画像でもあった。普通の若者であるシロツグ達が、ロケットを打ち上げた事と、アマチュアフィルムメーカーの若者達が、かつてないタイプの劇場大作を作り上げた事は、どう考えてもリンクしていた。少なくとも、僕や周りの人間はそういった意識でこの映画を観ていた。クライマックスの盛り上がりが、作り手の盛り上がりと重なって見えるし、シロツグ達が成し遂げた偉業は、スタッフの偉業と重なって見える。『王立宇宙軍』が、伝説的な作品として扱われる事があるのは、そういった背景があるからだ。
 『王立宇宙軍』の後も、GAINAXはアニメーション制作を続け、『トップをねらえ!』『ふしぎの海のナディア』『新世紀エヴァンゲリオン』等を発表した。山賀博之は脚本を執筆する事はあったが、監督作品は、その後10数年なかった。久しぶりの監督作品が、2001年のTVシリーズ『まほろまてぃっく Automatic Maiden』であり、翌年には『アベノ橋 魔法☆商店街』を手がけた。
 僕は『アベノ橋 魔法☆商店街』の放映が始まった頃に、「この人に話を聞きたい」で山賀博之監督に取材をした。アニメージュ2002年6月号(VOL.288)に掲載された第44回だ。『王立宇宙軍』について記事を読んだり、考えたりしてきた僕にとって、その「オチ」となる取材だった。以下に『王立宇宙軍』についての部分を抜粋しよう。


—— もともと、ガイナは『王立』と『トップ』の両方できる会社なわけですね。
山賀 というよりも、ベースはやっぱり『トップ』ですよね。『王立』は無理してるんですよ。むしろ、『王立』の方が柄に合わない。僕ら全員、あの作品の柄に合ってなかったんだけど、なんとか、居住まいを正して、襟を正してやってた。でも、心の底では「なんか似合わない事やってるな」みたいな感じが(苦笑)。
—— 真面目すぎるものを作ってるなって事ですか。
山賀 うん。でも、「一発目はこれでいいだろう」みたいな感じでやって。それが終わって、やっぱりやりたかったのは『トップ』みたいな企画だった。『王立』ってストーリーが青臭いじゃないですか。当時の感覚で言うと、僕らの方がスレてるわけですよ。作品より。
—— ああ、出てるキャラクターよりも。
山賀 よく「あの当時の僕らの置かれた気分をかたちにした映画だ」というような言われ方をしましたけど。まあ、褒めていただいているんで、文句は言わないんですけど(笑)。ちょっと違うなと思うのは……。
—— もう少しスレてるわけですね。
山賀 かなりスレてる(笑)。
—— かなりスレてるんですね(笑)。
山賀 それでなきゃ、その直後に『トップをねらえ!』なんか作りませんって! という感じ(笑)。


 「今になって思い返すと、こうだった」というニュアンスの発言だとは思う。照れも入っているのだろう。ではあるが、ここで語られた事も本当なのだろう。まるで、ロケット打ち上げから10数年経ったシロツグが「あの時、俺たちはマジメにやったんだよ」と言っているようでもある。フィルムにも、彼らが、頑張ってマジメにやっているところは出ている。そういった部分を含めて、彼らの自画像なのだろうと思う。

第348回へつづく

王立宇宙軍 オネアミスの翼[BD]

カラー/125分/(本編120分+映像特典5分)/ドルビーTrueHD(5.1ch)・リニアPCM(ドルビーサラウンド)・ドルビーデジタル(ドルビーサラウンド)/AVC/BD50G/16:9<1080p High Definition>/日本語・英語字幕付(ON・OFF可能)
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(10.04.14)