アニメ様365日[小黒祐一郎]

第348回 アニメーションとしての『王立宇宙軍』

 『王立宇宙軍 オネアミスの翼』にあったアニメーションとしての新しさは、1990年代から21世紀初頭において、たとえば、押井守、今 敏、細田守といった監督達の作品で結実する。映像を緻密に作り込んでいくタイプのアニメが、『王立宇宙軍』以前になかったわけではないが、それが進化していく過程において、大きなステップになったのは間違いない。あるプロダクションのベテランプロデューサーから聞いた事があるが、当時『王立宇宙軍』を観て「こんな連中がどこから出てきたんだ!」と思ったそうだ。名前を聞いた事もない若いスタッフが作った、観た事のないようなアニメ映画。降って湧いたような作品だったのだろう。
 この作品が、それまでのアニメーションと違ったのは、まず、意識的に映像の情報量を上げている点にある。当時のスタッフは「情報をコントロールしている」とコメントしているはずだ(少なくとも、庵野秀明は、そういった言い方をしていた)。スタッフが、アニメーションの映像について「情報」という言葉を使ったのも、これが初めてだったかもしれない。確かに見せるべきものを見せるために、コントロールもされているのだが、コントロール以前に、膨大な情報を映像にぶち込んでいる点こそが、本作の特色だ。そもそもある程度の量がなければ、コントロールもできない。さらに言えば、大勢のスタッフを集めて、情報量を上げるためのシステムを組んでいる点が新しかった。
 キャラクターの芝居については、意外と普通だ。勿論、猛烈に巧いところはいくつもあるし、当時の作品としてはハイレベルなものではあるのだが、注力している点はそこではない。スタッフが力を入れていたのは、美術や小道具の設定であり、メカの描写であり、特殊効果であり、撮影だった。それまでに見た事がなかった撮影や処理が、山ほどあった。
 特に、記録映画やモニター映像のリアルさに感心した。美術は造形が面白かったし、息を呑むような場面も何度かあるのだが、情報のインフレが起きてしまい、観ている途中で、どんな凄い美術が出てきても驚かなくなってしまった。ただ、美術を感心させるための映画ではないのだから、そうなっても構わないのだろう。むしろ、作品世界に没入させたと考えれば、それも成功だったのかもしれない。オープニングとエンディングのイラスト、劇中に挿入される宗教画など、他のアニメには見られないセンスも多々あった。背景だけの事ではなく、美術的に面白い映画だった。
 最も感銘を受けたのが、クライマックスのロケット打ち上げと、その前後の戦闘シーンだった。庵野秀明の仕事だ。大変なインパクトだった。それまで描かれた全てのメカアニメの中で、一番リアリティがあった。そう断言できるほど、突出していた。リアルなだけでなく、迫力もあった。観ているこちらの眼球に、鋭い刃物が突き刺さってくるような臨場感だった。そして、これが大事な点だが、リアルなのに動きの快感もあった。
 もう少し説明すると、彼のメカ作画は、ハッタリや、わかりやすいデフォルメを排していた。そして、決して実写映画を愚直にトレースしたような作画でもなかった。デフォルメに頼らずに、リアリティや迫力を獲得しているのが驚きだった。そして、動きだけでなく、個々の画面の設計もよかった。メカ作画史的に言えば、『王立宇宙軍』における庵野秀明の仕事は、金田伊功、板野一郎に続く、エポックであった。メカ作画の新しい到達点だった。彼は、当時の取材記事で、メカを記号化せずに、自分が見た印象を大事にして作画したと語っていた。「写実」ではなく「印象」である。実写の映像をなぞるのでなく、彼の脳内にある印象を、そのまま、作画のかたちでアウトプットしていたのだろう。脳内にある印象には、実際の見た目だけでなく、そのメカを見て感じた感動なども含まれている。イメージを作画用紙にアウトプットする技術も優れているが、それ以上に彼の脳内にあるイメージが、素晴らしいものだったのだろう。
 ロケット打ち上げについては、舞い落ちる氷の破片が、印象的だ。細かい話になってしまって申しわけないが、ロケット下部を真横から撮ったカットで、画面の右側で、落ちてきた破片がロケットの台座にあたって砕ける描写がある。記憶が正しければ、砕ける破片は、無数に落ちていく中のたったひとつ。作画としては、ちょっとした小技なのだが、これが効いていた。その小技のために、画面の中で描かれている事の真実味が増していた。
 ロケット打ち上げと、その前後の戦闘シーンによって、『王立宇宙軍』は作画マニアにとっても伝説の作品となった。庵野秀明にとっても、アニメーターとしての代表作だ。

第349回へつづく

王立宇宙軍 オネアミスの翼[BD]

カラー/125分/(本編120分+映像特典5分)/ドルビーTrueHD(5.1ch)・リニアPCM(ドルビーサラウンド)・ドルビーデジタル(ドルビーサラウンド)/AVC/BD50G/16:9<1080p High Definition>/日本語・英語字幕付(ON・OFF可能)
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(10.04.15)