アニメ様365日[小黒祐一郎]

第349回 『Manie-Manie 迷宮物語』

 『Manie-Manie 迷宮物語』は、眉村卓の短編集を原作としたオムニバス作品で、りんたろう監督の「ラビリンス*ラビリントス」、川尻善昭監督の「走る男」、大友克洋監督の「工事中止命令」の3本で構成されている。角川アニメの1本で、マッドハウスの2度目の黄金期において頂点をなす作品であり、アニメ史上において空前絶後のリッチなフィルムだ。
 当初はりんたろう、押井守、大友克洋の3人が監督を務める企画だった。プロデューサーも務めていたりん監督が、押井にオファーをしたが、彼の参加は実現せず、代わりに丸山正雄プロデューサーが、川尻を監督として推して、りん、川尻、大友の3人体制となった。雑誌などで、タイトルが『Manic-Manic 迷宮物語』と誤記される事があったが——というか、僕も一時期まではそのように表記していたのだが、正しくは「Manic」ではなくて「Manie」。「Manie」はフランス語で「マニアック」「奇癖」といった意味の語だ。そのタイトルに偽りはなく、仕上がった作品は、映像も内容も超マニアックなものだった。
 当初は『時空の旅人』の同時上映作品として制作されていたが間に合わず、『時空の旅人』は、1986年に『火の鳥』との2本立てで公開された。完成した『迷宮物語』は、1987年9月に「東京国際ファンタスティック映画祭'87」で先行公開され、同年にビデオソフトがリリース。2年後の1989年に、小規模ではあるが、ようやく一般の劇場で公開された。それまで、劇場作品としては、半ばお蔵入り状態だった。お蔵入りになりかかったのは、完成作品を観た角川春樹プロデューサーが「これはマニアック過ぎる」と判断したからだ。
 僕が編集をやらせてもった「PLUS MADHOUSE 04 りんたろう」でも、その経緯が話題になった。同書の取材で、角川プロデューサーは「あの時代のものとしては少し先端を行き過ぎている感じはしました。今なら遥かに受け入れられる作品でしょう」と語っている。
 「ラビリンス*ラビリントス」は、りん監督のオリジナルであり、眉村卓の原作は使っていない。当初は、「走る男」「工事中止命令」に観客を誘うための導入部として考えられていたが、作っているうちに膨らんでしまい、他の2編と同じくらいの長さになってしまったのだそうだ。さちという名の少女が、謎の道化師に誘われて、不思議な世界に入っていくというのが大筋だが、物語中心ではなく、鮮烈なイメージを積み重ねるかたちで作品を構成。日本家屋、料理をする母親、古時計や鏡、路地裏、道を行く人々といったモチーフを、シュールに、そして、ホラータッチも交えて見せていく。イメージも、自由奔放なアニメーションも、緻密でありつつ重厚な美術も素晴らしい。キャラクターデザイン・作画監督は福島敦子。美術監督は石川山子。ビジュアルストであるりん監督の最高傑作だ。
 「走る男」は、近未来を舞台にレースに命を懸けた男の妄執を描いたもの。川尻は監督だけでなく、脚本、キャラクターデザイン、作画監督も兼任。それまで『夏への扉』『浮浪雲』『ユニコ 魔法の島へ』といった作品で、画面構成などで腕を振るっていた彼の作家性が、初めてまとまった形になった作品だ。彼はそれ以前に『SF新世紀 レンズマン』で監督としてクレジットされているが、それは、絵コンテだけの参加だったはずが最終的に監督になってしまったという作品であり、彼のカラーは薄い。「走る男」では、いきなり渾身の剛速球をキャッチャーミットに叩き込んできた感じだった。彼が巧いアニメーターである事は分かっていたが、ここまで凝ったものを作るとは思わなかった。ストーリーに関しては、正直言って話はよく分からない。何度も観てもよく分からないのだが、超濃密なビジュアルと、ハードな世界観が心地よい。作り込みは尋常ではなく、当時聞いた噂話では、Aセル、Bセル、Cセルと重ねていくセル重ねが、この作品ではPセルまでいったそうだ。その大半が透過光マスクだとは思うが、アニメ界の常識を軽々と越えた凝り方だった。まさしくManie-Manie。
 「工事中止命令」の舞台は、ジャングルの中にあり、ロボット達によって運営されている建築現場。そこに送り込まれた男を主人公にした悲喜劇だ。大友にとっては、初のアニメ監督作品だった。また彼は、監督だけでなく、脚本、キャラクターデザインと原画の一部も担当。作画監督は『幻魔大戦』でも活躍したなかむらたかし。美術監督は椋尾篁。原作に沿った内容ではあるのだが、まるで大友の短編マンガがそのまま映像になったような仕上がりだった。ビジュアルに関しては、実線を入れた美術のパキっとした感じも、カタカタと小刻みに動くロボットもいい。主人公の芝居も、色遣いも完璧。ストーリーのドライさも大友的。完全無欠の大友アニメだった。
 当時、アニメージュでは『迷宮物語』『ロボットカーニバル』『トワイライトQ』の3本をまとめて取り上げて「爛熟の美学」という記事にしている。他のライターさんが担当した記事だが、「爛熟」とは巧いタイトルをつけたものだと思う。僕は当時も今も、この作品に関しては大絶賛だ。もしも、『時空の旅人』の同時上映として、全国規模で公開されていたら、アニメの歴史が変わっていたかもしれない。

第350回へつづく

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(10.04.16)