アニメ様365日[小黒祐一郎]

第363回 鮎川まどかの設定改変

 前回の原稿で、イベント版のデフォルメキャラについて「TVシリーズ『オレンジ☆ロード』ではやりそうもない描写」としたけれど、DVDを観直していたら、TVシリーズ6話で、それに近しい描写があった。6話のものは、たった2カットで、デフォルメキャラというよりはギャグタッチと呼ぶべきものかもしれないけれど、せっかく気づいたので、自分で突っこみを入れておく。
 さて、本題に入ろう。本放映で、TVシリーズ『オレンジ☆ロード』の1話「転校生!恥ずかし ながら初恋します」(脚本/寺田憲史、絵コンテ/小林治、演出/小林和彦、作画監督/重国勇二)を観て、あまりに作りが渋いので驚いた。それを当時の僕は『タッチ』のようだと感じ、アニメージュのミニ座談会で「タッチ・シンドロームだ」と発言している。渋いと思ったのは、派手さを抑えて、地に足が着いた作りになっていたからだ。原作は連載で読んでおり、あの原作なら、もっとライトな作りになるだろうと思っていた。
 原作からの変更で一番大きかったのが、まどかの設定だった。原作でもまどかは不良という事になっており、たとえば、序盤でタバコを吸おうとして、恭介に止めらる描写がある。アニメのまどかは、不良であるだけでなく、スケバンになった。1話では、数人の不良を相手に大立ち回りを演じ、素手で叩きのめしている。大男に対して腕力で勝っているのだ。
 そのケンカの場面は曇り空で、まどかの決めポーズの背後には工場の煙突があり、そこから黒い煙が出ているのが見える。原作では、ちょっと考えられないシーンだった。観返すと、煙突の煙が効いている(さらに言えば、ケンカをしたのは河原であり、背後に川の水を溜める水門が見える。そういった舞台が小林治らしい。『ど根性ガエル』を思い出した)。まどかのスケバン的な活躍は、1話だけでなく、シリーズ中に数度あった。それと別に、彼女が街の不良達に慕われているという描写も足されている。ギターのピックを武器にしていたのか「ピックのまどか」という通り名まであった。
 もうひとつの設定変更が、まどかがサックスを演奏するようになった事だ。原作でも彼女がバンドに参加する話はあるが、サックスはやらない。1話では、サックスを吹く場面が2度ある。印象的なのは終盤の方だ。彼女は誰に聞かせるでもなく、1人で自分の部屋でサックスを吹く。その頃、恭介は自分の部屋で、まどかの事を思い出していた。サックスのメロディと回想が重なり、しっとりしたシーンになっていた。まどかがサックスを演奏する描写は、1話以外にも、シリーズ序盤に何度かあった。
 「ピックのまどか」のニックネームには驚いたが、スケバン設定自体は、あまり気にならなかった。実写の人気ドラマ「スケバン刑事」が放映中であり、それが流行りのノリだったためでもあるのだろう。ちなみに番組開始時にはシリーズ3作目「スケバン刑事III 少女忍法帖伝奇」が放映中だった。サックスは気になった。「なんでサックスなの?」と思った。
 サックスに関しては、シリーズ構成の寺田憲史が自著「ルーカスを超える アニメ・ゲームビジネス創作術」(小学館)の中で触れている。彼はこの作品を手がけるにあたって「恭介、まどか、ひかるという三人の青春を前面に押し出したい」と考え、そして、素直になれないまどかのキャラクターを表現するために、楽器を持たせる事を思いついた。サックスを選んだのは、少し陰が感じられる楽器であり、寺田自身がジャズ好きだったからだった。
 アニメージュの記事(1987年6月号[vol.108])では、小林治監督が、まどかには大人の部分と、恭介達と同レベルでつきあえる子供の部分があるとし、彼女の大人の部分の象徴として、サックスを与えたとコメントしている。僕がサックスに戸惑ったのは、そのアイテムのチョイスがあまりに大人っぼいと感じたからだろう。確かに、サックスを吹くまどかは大人っぽいのだけれど、それと同時に、サックスはこの作品が大人の目線で作られている事を示していた。
 当時のアニメージュには「AM編集部24時」というコーナーがあった。小林治監督のコメントが載ったのと同じ号の同コーナーで、鈴木敏夫編集長が『オレンジ☆ロード』1話を絶賛している。「あれが日活の青春映画の味なのだ。不良のみが知る純愛の世界。サックスも、冒頭の出会いのシーンも、最後の乱闘シーンもすべてよかった。黄金のパターンなのだよ。ふつうの男の子とつっぱって生きている少女とのラブストーリー。スケバンの純情。これはいける!」だそうだ。それを読んで、なるほど、あの雰囲気は、昔の邦画の感じなのかと思ったのを覚えている。作り手も、そういったノリを意識していたのだろう。ただ、敏夫さんが「日活の青春映画の味」と指摘した感じは、2話以降では薄まっていった。1話は特に作り手が、自分達に引き寄せて作ったフィルムだったのかもしれない。
 原作でも、まどかは美人で大人っぽいうえに、勉強もできて、運動神経も抜群。不良であり、素直になれない事を除けば、完璧な少女だ。TVシリーズでは、それが一層大人びたキャラクターになっていた。サックスの件だけでなく、芝居のつけ方などでも、大人っぽさを強調していた。恭介との関係でいうと、原作でも、まどかの方が精神年齢が少し上であり、彼女の方が世慣れしていた。アニメでは2人の差が、さらに開いていた。
 スケバンであり、やたらとケンカが強いスーパーレディである設定も、恭介の立場からすると、手が届かない感じを強めていた。いや、恭介自身は、手が届かないとは感じていなかったかもしれない。視聴者である僕は、アニメ版だと、恭介とまどかが釣り合わないのではないかと思っていた。そして、その釣り合いそうもない感じが、恭介の青春ドラマらしい切なさに繋がっていたとも思う。

第364回へつづく

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(10.05.12)