アニメ様365日[小黒祐一郎]

第373回 続・伝説の「追いかけて冬海岸」

 前回(第372回 『オレンジ☆ロード』 伝説の「冬海岸」)の予告から、少し予定を変更。今日は43話「傷心のひかる! 追いかけて冬海岸」のクライマックス以降の展開について書く。
 この連載では『きまぐれ オレンジ☆ロード』の各エピソードも含め、色々な作品のラストについて書いてきた。だから、今さらこんな事を書くのもおかしいかもしれないけれど、もし、前回の原稿を読んで「追いかけて冬海岸」に興味を持たれたなら、続きを読む前に、レンタルか何かで作品を観るのをお勧めする。
 本題に入る。Bパートの途中からだ。恭介がゆかりと一夜を共にした事を知ったひかるは、どこかに走り去ってしまう。ギスギスする恭介達。一弥の言葉によって、彼女が海に行ったらしい事が分かる。まどか達は、ひかるを探しに行く。しかし、恭介はバンドの練習をしていた場所に留まる。ひかるは1人で誰もいない冬の海岸を歩いていた。前回も書いたようにそのビジュアルが猛烈にかっこいい。残った恭介はドラムを叩き始める。後悔とひかるへの想い込めて叩く。それは「1人でドラムの練習をしていた」という嘘を本当にしたかったのかもしれないし、ミュージックフェスティバルに出たいというひかるの想いに応えるためだったのかもしれない。
 恭介がドラムを叩きはじめた頃、何かが聞こえたと感じたひかるは、海岸で振り返る。映像と音楽とキャラクターの想いが交錯する。ドラムを叩く恭介。盛り上がるBGM。驚くひかる。動く雲が、ひかると重なる。ひかるの元に集まる無数のシャボン玉。ひかるはシャボン玉に向かって手を広げる。雲、シャボン玉、ひかる、そして、光。ミュージッククリップ風にイメージを重ねていく。一弥が気がつくと、練習場に恭介の姿はなかった。浜辺にドラムセットが、ひとつひとつ、音を立てて落ちてくる。ひかるが振り向くと、そこにドラムセットを背にした恭介が立っていた。
 ドラムを叩く恭介は線画で表現されており、動く雲は実写のコピー素材をコマ撮りしたものだ。無数のシャボン玉(厳密に言えば、シャボン玉に見える何か)は恭介の想いを表現したものだろう。ドラムを叩いていた恭介の想いが、彼女に届いた。浜辺でドラムの音を聞き、その後で迎えにきた恭介の顔を見たひかるは、自分は誤解していたと言う。恭介が、1人でドラムの練習をやっていたのを信じると言うのだ。
 そこにかけつけたまどかが「ひかる、本当にもう……?」と訊くと、ひかるはまどかにアカンベーをしてから、明るく笑って「平気でーす」と応えて、走り出す。まどかは事の成り行きに納得していないようだが、恭介はまどかの手を取って、ひかるの後を追って走り出す。その後、3人がミュージックフェスティバルに参加した事を、お馴染みの写真のパターンで提示し、次に冬海岸を歩く3人のロングショットを見せて、この話は終わる。
 設定的な事を考えれば、恭介が想いを込めてドラムを叩き、超能力を介して、その想いがひかるに届いた。想いが届いた瞬間に、恭介はその場所までテレポートした。恭介の想いを受け止めたので、ひかるは許した。そういう事だろう。恭介がすまないと思った気持ちは本当だったとしても、嘘をついた事実は変わらないわけで、ひかるはそれを許していいのかという点に関しては釈然としない。それについては、まどかと同意見だ。さらに言えば、恭介の超能力が奇跡を起こして、彼の気持ちをひかるに届けたというストーリーは、あまりにも素直過ぎて『オレンジ☆ロード』らしくない。要するに、ちょっとダサい話だ。ではあるけれど、フィルムとしては感動的だ。ダサいなんて、これっぽっちも思わなかった。
 恭介がドラムを叩き始めた後の場面は、映像が鮮烈であり、表現力が高い。音楽のつけ方も素晴らしい。そこまでドラマ的に抑制を効かせまくっていたので、ここでテンションが上げるのが効果的だったというのもある。正直言って、初見時には、この場面で何が起きているのかよく分からなかったが、胸にくるものがあった。映像と音楽とキャラクターの想いで、視聴者をねじふせたかたちだった。演出の力業だ。
 ドラムを叩きはじめてからのイメージの重ね方も強烈だったが、その後の、浜辺にバラバラになったドラムセットが転がっているビジュアルがまた凄い。その光景はシュールですらあり、むしろ、こちらの方がアングラ感が強い。砂浜と楽器の組み合わせが、実に無機的。色遣いも徹底している。曇り空と白い砂。モノトーンの服を着て立っている恭介、ひかる、まどか。足下に転がっているドラムセット。ドラムセットも、シンバル以外はモノトーン。白と黒のみで構成された世界だ。
 練習場にあったドラムセットが、遠く離れた海岸に落ちているのは、明らかに異様であり、演出的にもその異様さが際立つように見せているのだが、登場人物の誰もそれに言及しない。言及しないのもシュールさを強めている。アバンギャルド『オレンジ☆ロード』である。

第374回へつづく

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(10.05.26)