第374回 続々・伝説の「追いかけて冬海岸」
檜山ひかるは可哀相な女の子だ。恭介の本命はまどかであり、最終的にひかるが振られるのは見えている。しかも、恭介が自分に好意をもっているのを、まどかは知っており、ひかるはそれを知らない。意地悪な言い方をすれば、2人でひかるを騙しているわけだ。TVシリーズでは、ひかるが原作よりも明るい女の子として描かれており、もう一度意地悪な言い方をすると、彼女は道化師的な役回りになっている。後に制作された劇場版『きまぐれ オレンジ☆ロード あの日にかえりたい』を観た後に、あるいは原作最終回を読んでからTVシリーズを観返すと、その明るい振る舞いに悲哀を感じてしまうくらいだ。
43話「傷心のひかる! 追いかけて冬海岸」は、そんな彼女のための話だった。恭介が他の女性と親密になり、ひかるがそれを知り、傷つく。しかし、恭介が誠意を見せたために、ひかるは納得し、彼を許す。
以下、かなり思い入れをして語る。言葉にするのが難しいのだけど、この話は、まるで「実現しない最終回」をシミュレーションしているかのようだった。ひかるが傷ついたのは、恭介とまどかの関係を知ってしまったからではないのだが、まるで、ひかるがそれを知ってしまう話を、別のかたちに置き換えてやっているように見える。恭介が、ひかるに対する不実を、真剣に後悔する展開をやってくれたのがよかった。その恭介を、ひかるが許したのもよかった。なんだかほっとした。
この話で、恭介、まどか、ひかるの三角関係が解消されたわけではないのだが、感覚としては「ひかるが不幸にならずに終わる最終回」に近い。本放映当時、ここまで分析できたわけではないが、自分がこのエピソードに自分が思い入れしている理由を整理すると、そうなる。
もうひとついいと思うのが、ラストシーンでのひかるの反応だ。前回(続・伝説の「追いかけて冬海岸」)でも触れたように、まどかに「ひかる、本当にもう……?」と訊かれた彼女は、アカンベーをしてから、明るく笑って「平気でーす」と応える。本当に恭介が言っている事を信じているのならば、アカンベーなんてしないだろう。「一弥君の嘘を信じてしまって、ごめんなさい」と言うはずだ。アカンベーと「平気です」の意味は「恭介が他の女と寝たのは分かっているけれど、知らないふりをしてあげるよ」だろう。ひかるだって馬鹿ではない。関係を保つために嘘もつく。ハッピーエンドではあるけれど、モヤモヤしたものが残る、ほろ苦い終わり方だった。「傷心のひかる! 追いかけて冬海岸」はドライでクールなフィルムであり、それだけでなく、生々しいところのあるエピソードだった。
「傷心のひかる! 追いかけて冬海岸」は異色作ではあるけれど、シリーズ通じてのテイストであったリアル感を、より徹底させたフィルムではあった。番外編的なエピソードと位置づけるべきかもしれないが、僕にとってはTVシリーズ『オレンジ☆ロード』の最高傑作だ。
この話に惚れ込んだ僕は、本放映当時に、演出の森川滋にインタビューをしている。アニメージュ1988年6月号(vol.120)の「NURSE圭のVIDEO研究室 ビデオラボ」だ。名前どおり、編集者のNURSE圭さんが担当している連載だったが、この時は立候補して、取材をさせてもらった。ただし、その記事はギャグで始まり、ギャグで終わってしまっている。森川滋に手の内を明かしてもらえなかったのだ。その取材の中で「傷心のひかる! 追いかけて冬海岸」は、秘密裏に作ったもので、途中で他のスタッフに見せなかったと語られている。放映された後で会社に行ったら、問題作だったため、誰も口をきいてくれなかったそうだ。他のスタッフに見せないで、放映までこぎつけるなんて事ができるのだろうかというのは、取材した時からずっと疑問に思っている。機会があったら、彼にもう一度『オレンジ☆ロード』について聞きたい。
第375回へつづく
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(10.05.27)