アニメ様365日[小黒祐一郎]

第376回 潘恵子さん、すいませんでした

 「月曜の『アニメ様365日』では、こんな事を書くよ」と編集部で話したら、B君に「ああ、小黒さんの小僧時代の話ですか」と言われてしまった。B君はそういうちょっと皮肉な言い方をよくする。ではあるが、小僧な話であるのは間違いない。
 アニメージュで仕事をするようになって、色々な方に会う機会が増えた。それまで接点がほとんどなかった声優に取材する事もあった。1987年の世界名作劇場は『愛の若草物語』だった。説明するまでもなく、ルイーザ・メイ・オルコットの「若草物語」を原作にしたシリーズだ。ドラマも画作りも丁寧で、僕も楽しんで観ていた。アニメージュで『愛の若草物語』の記事を担当していたライターは、僕の先輩である斎籐良一さんだった。
 放映終了後の記事の中で、主人公である4姉妹を演じた声優に、取材をする事になった。演じていたのは、長女のメグ役が潘恵子、次女のジョー役が山田栄子、三女のベス役が荘真由美、四女のエイミー役が佐久間レイだった。記事の構成、メイン記事の執筆は斎籐さんが担当し、僕は取材とその原稿まとめだけを担当する事になった。すでに『愛の若草物語』のアフレコは終わっており、4人が揃う機会はなかったので、ぞれぞれ個別に取材した。他の仕事の現場にお邪魔して、仕事が終わったところで話をうかがうかたちだった。当時の他の取材もそうだったが、編集者は同行せず、僕が1人で取材に行った。
 どの取材も印象的だった。四姉妹を演じた彼女達は、非常に仲がよかったようで、色々なエピソードをうかがって「本当に姉妹みたいだなあ」と思った。いい話を沢山聞くことができたのだけれど、文字数は最初から決められており、記事にするうえで、うかがったエピソードの大半を削らなくてはいけないのが残念だった。
 小僧なエピソードは、潘恵子さんの取材に関するものだ。潘さんに取材したのは、録音スタジオの内部にあった喫茶店だった。『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』のアフレコが終わった後の取材だったかもしれない。潘さんも、楽しく、そして感慨深く『愛の若草物語』についてのお話をしてくださったのだけれど、それと別に、やたとら僕に気を遣ってくださった。取材が終わった時には「喫茶代、編集部から出るの? 私が出そうか?」とまで言われた。
 僕はどうしてそこまで気を遣ってもらっているのかが分からなくて、ひたすら恐縮した。「大丈夫です。大丈夫です。ちゃんとアニメージュから経費が出ますから」と言って、自分で喫茶代を出した。この仕事を始めて四半世紀近くになるが、取材した相手に喫茶代を出すと言われたのは、それが最初で最後だ(21世紀になってから、ベテラン男性声優に、取材の後でパスタを奢ってもらった事はある)。
 編集部に戻ってから、こんな事があったんだとライター仲間に話したところ、「それは小黒君が、潘さんを前にして緊張してたんじゃないの。ララァ・スンの声で話されたらアガっちゃうでしょ」と言われてしまった。確かにそれはあるのかもしれない。思春期に観た作品に出ていた声優さんは、やっぱり特別だ。去年「PLUS MADHOUSE 04 りんたろう」で池田昌子さんに取材したけれど、やっぱり緊張した(もう40代半ばなのに!)。潘さんがララァ、砂原郁絵、雪野弥生、サーシャ(真田澪)と、思春期に観たアニメでヒロインを演じられており、ご本人も雰囲気のある女性だったので、緊張してしまったのだろう。自分でも緊張しているのに気づかないくらい緊張して、心配されてしまったわけだ。緊張している僕が、きっと頼りなく見えたのだろう。友人のライターに指摘されてから、自分が緊張していた事に気づいてトホホな気持ちになった。
 その後、潘さんとは『美少女戦士セーラームーン』関連で何度か顔を合わせた。劇場版『セーラームーンS』のムックでは、単独インタビューまでお願いしている。多分、潘さんはあの時の事は覚えていないだろう。『S』のインタビューの時に「あの時は、ご心配かけて、申しわけありませんでした」と言おうとしたのだけれど、何だか照れくさくて言い出せなかった。この場で言ってしまおう。潘さん、すいませんでした! だけど、心配していただいたのは、とてもよい思い出になっています。

第377回へつづく

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(10.05.31)