第377回 梅津泰臣さん、ごちそうさまでした
昨日は、取材時に、危うく喫茶代を払ってもらいそうになった話だったが、今日はアニメーターの方に食事をおごってもらった話だ。1987年の事だ。僕は、OVA『ロボットカーニバル』の特集を担当した。作品としての『ロボットカーニバル』については、この連載で改めて書くが、8組のクリエイターによる短編で構成されたオムニバス作品だ。その『ロボットカーニバル』の記事は、アニワル以外のページで、自分が企画を出して構成した記事としては、ごく初期のものだった。4ページの記事のために、全作品の監督に取材をした。最後のまとめ部分には、参加したクリエイターの1人である梅津泰臣さんにイラストを描いてもらった。
「アニメビジョン」で取材させてもらった事もあり、梅津さんとは顔見知りだった。イラストを受け取りに行った時に、梅津さんに食事に行かないかと誘われた。梅津さんは「そういうのって、経費で落ちるんだよね」と言った。この原稿を書くにあたって、梅津さんに確認したところ、「いや、そんな事を言ったおぼえはない。それは小黒君の記憶違いだ」と言われてしまった。だけど、僕の記憶では、そう言われた。言われてドキっとしたのを覚えている。
経費というものがある。社員の編集者だったら、仕事の打ち合わせで、食事をするなんて当たり前だ。外部ライターでも、取材で喫茶店を使えば、その飲食代は経費で落ちる。ではあるけれど、外部ライターが打ち合わせの後で食事に行って、それが経費で落ちるものだろうか。今となれば、先に編集部に話をしておけば、常識外れの金額でない限り、経費で落ちるのは分かっている。だけど、当時の僕は、アニメージュでライターの仕事を始めて1年も経っていなかった。それが経費になるのかどうか判断できなかった。
「すいません。僕の立場だと、経費が使えるかどうか分からなくて……」と正直に話したところ、梅津さんは「だったら、俺がおごるよ」と言ってくれた。うまいと評判のうどん屋に連れて行ってもらって、一緒に食べた。仕事で行って、食事をおごってもらってしまった。しかも、憧れの梅津さんにだ。大変に申しわけないと思ったのを覚えている。その時、遠慮して、安いうどんを選んだと記憶している。
その一件は記憶に残り、自分の中でひっかかっていた。その後、例えば他のアニメーターや、演出家のご自宅に取材でうかがって、食事をご馳走になった事もあるのだが、ずっと気になっていたのは梅津さんの一件だった。それが引っかかっていたのは、仕事を始めた頃の事だからだろう。経費が使えるかどうか分からない自分を、情けないと感じたせいでもある。
月日は流れて、2008年の年末。アニメージュの「この人に話を聞きたい」で梅津さんに取材する事になった。やった、今なら経費で落とせる。20年前の恩返しができる。事前にアニメージュ編集部にも、取材の後で梅津さんと食事をするかもしれないと伝えておいた。
大事なのは、梅津さんと食事してこちらがお金を出す事ではなくて、アニメージュの経費で落とす事だった。若い読者からすると「経費で落とす」なんて話は、みみっちいと感じるかもしれない。僕も書いていて、みみっちい気がしてきた。だけど、アニメージュの経費で落としたかった。それが、この一件に関するこだわりだった。そうしないと、20年以上前から引っかかっていたものが外れないような気がしていた。
「この人に話を聞きたい」の取材は無事終了。梅津さんに「この後、食事でもどうですか?」と言ったところ、返ってきた言葉は「ありがとう。だけど、この後、仕事があってね。また今度行こうよ」というものだった。ガーン。さすがにアニメージュの取材でない時に経費を使うわけにはいかない。かくして、20年後の恩返し作戦も失敗に終わった。
次に「この人に話を聞きたい」で梅津さんに取材ができるのは、5年後か10年後か。そんなに「この人に話を聞きたい」の連載が続くのか。その取材の後で、梅津さんの時間が空いていれば、恩返しができるはずだ。
第378回へつづく
(10.06.01)