アニメ様365日[小黒祐一郎]

第382回 『ミスター味っ子』を振り返る・その2

 板垣伸君からメールをもらった。彼も『ミスター味っ子』が好きなのだそうだ。本放映時には中学生で、僕がアニメージュでやった記事も読んでいたらしい。それにしても中学生か、若いなあ。20年以上前の作品だから、当時の中学生が監督になっていもおかしくはないのだけど、自分の中ではそんなに古い作品だという印象がない。それから、自分がやった記事について「子どもの頃、記事を読みました」なんて言われると、どういうわけか、やたらと照れくさい。
 10話「いわしグラタンは母の味」(脚本/遠藤明範、絵コンテ/今川泰宏、演出/池田成、作画監督/加瀬政広)は、1話以来の加瀬作監だった。加瀬政広は、本作のキャラクターデザイン&チーフアニメーターだ。『ミスター味っ子』のキャラクターの暖かみ、料理について説明するコーナーのデフォルメキャラの素朴な感じは、彼の持ち味だろう。なお、チーフアニメーターの役職については、76話で同じアニメアールの毛利和昭と交代。キャラクターデザインについては76話以降は、毛利和昭と連名になっている。加瀬は、アニメージュで脱力系パロディマンガ「チルドレイズナープレイ」を連載していた。そちらで彼の名前を覚えたファンも多かった事だろう。
 この話で陽一は、料理評論家の江川女史と、いわしグラタンで料理勝負をする。江川女史は、敵としては大物ではないのだが、顔が凄かった。2段影+BL影のコテコテ作画だった。その画の迫力のおかけで、見応えが数段アップしていた。こんな言い方は失礼かもしれないけれど、『チルドレイズナープレイ』の加瀬さんが、そんな劇画タッチの画を描いたのも、面白かった。江川女史は仕事が忙しいために、自分の息子の面倒をろくにみていなかった。それに対していつも穏和な法子が腹を立てて、陽一よりも先に彼女に宣戦布告をする。宣戦布告をしたのはいいけれど、やっぱり料理勝負は陽一に任せてしまう。そんな彼女の調子のよさも、意外な料理勝負の決着も印象的だった。
 10話は1話完結のエピソードだったが、その後はまた前後編が続く。11話と12話はハンバーグ勝負で、陽一の相手は、味将軍グルーブの阿部二郎だった。味将軍グループは、日本の料理界において、味皇料理会と勢力を二分している組織だ。13話と14話では、興奮すると怪人オカダコゲロゲロに変身するお好み焼き屋の岡田と対決する。続く15話と16話は、幕ノ内弁当勝負だった。
 16話「魔法のあつあつ幕ノ内弁当」(脚本/坂田義和、絵コンテ/岡本達也・今川泰宏、演出/西山明樹彦、作画監督/大久保修)における料理勝負は、青森駅のホームで行われた。北国の寒い感じを上手に出しているのもいい。勝負は、陽一が作った弁当のおかずと、味将軍グループの及川が作った弁当のおかずが、それぞれキャラクターとなり、プロレスをするという変則パターンで表現された。お料理キャラクターのプロレスを見せながら、料理のウンチクを説明していく構成だ。カツや魚料理のキャラクターに名前がつけられており(カツ芯太郎VSカーツ・ゴッチとか、ホット・ホイールVSサーモン豊作とか、個々のおかずキャラがちゃんとネタになっていた)、さらに試合の展開も凝っていた。これも『ミスター味っ子』らしいコッテリ感であり、サービス精神だった。
 記憶が正しければ、この話のおかずキャラのデザインとネーミングがあまりにも面白かったので、それをきっかけにして、僕は毎月アニワルで『ミスター味っ子』の各話の設定資料を載せるコーナーをやるようになった。コーナー名は「今月の献立」だった。陽一と及川のお料理キャラクターの設定も、計10体を名前入りで掲載した。
 17話以降は、1話完結のエピソードが続く。17話はかきあげ天丼勝負。18話はバレンタインの話で、手作りチョコレート勝負。ただし、この話で対決するのは陽一ではなくて、みつ子だ。19話では科学者の俵三四郎が作り上げたお料理マシーンのアレックスと、オムレツで対決した。このあたりで、特に印象的だったのが、20話「日本の味・お茶漬け勝負」(脚本/城山昇、絵コンテ/今川泰宏、演出/山寺明夫、作画監督/菊池城二)だ。
 陽一がお茶漬けで対決したのは、味皇料理会日本料理部主任の芝裕之だった。芝の渋いキャラクターもなかなかいいのだが、見どころはトリップシーンだ。陽一が作った茶漬けは、桜の花の塩漬けを使ったもので、お茶をかけると丼の中で桜の花が開くのだ。そこまでが現実の描写。食べ始めた味皇が茶漬けの旨さに驚くと、丼から桜の木がニョキニョキと生えてくる。「春だ、春だ、春だ、はっ、春だ〜! ああ〜、春がくるー! 茶漬けに桜が咲きだしたぞー!」と味皇。気がつけば、料理勝負会場である料亭の室内に、満開の桜の木が立ち並ぶ。感動した味皇は座った姿勢のまま空中を浮遊し、お茶漬けを食べながら、池の水面スレスレに飛んでいく。池にも桜が咲いている。「ポリポリポリポリ、サーラサラサラ、お茶漬け、ポリポリ、サーラサラ」という味皇のセリフも忘れがたい。食べ終わった後の「おかわり」の一言も決まっている。このトリップシーンは上品であり、風流ですらある。非常にきれいな仕上がりで、今川監督も「一番気に入っているトリップだ」と語っていた。『ミスター味っ子』というシリーズが、ノリにノっている感じだった。
 話が前後するが、お茶漬け勝負が始まる前に、頭巾をかぶった味皇が、小舟に乗って料亭にやってくる。この味勝負には、味皇は同席しないはずだったのだ。その時の彼のセリフが「待った〜! その茶漬け、ワシに喰わせてはくれんか!」だった。重厚なBGMに乗って現れて、言ったセリフが「茶漬けを食わせろ」。これも笑った。それでは、単なる食い意地がはった爺さんだ。そういうところを突っこむのも楽しかった。

第383回へつづく

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(10.06.08)