第389回 『ミスター味っ子』を振り返る・その9
派手さを抑えて、ウェットなかたちで終わったのは、第2部クライマックスだけではなかった。第3部クライマックスは渋かった。
第3部最後のエピソードは、75話「スキヤキ決戦!最強の 七包丁対ミスター味っ子」(脚本/小金井太郎、絵コンテ/片山一良、演出/西山明樹彦、作画監督/和泉絹子)だ。陽一達は、七包丁最強の料理人である阿部一郎とのスキヤキ勝負に勝利し、味将軍グループとの戦いに決着がつく。ではあるが、第3部クライマックスの見どころは、75話ではなく、その1回前の74話「日本一のスキヤキ勝負! 思い出の味を探せ」(脚本/小金井太郎、絵コンテ/片山一良、演出/中村憲由、作画監督/進藤満尾)だった。
74話で、味皇こと村田源二郎(若き日の声は小杉十郎太)と、味将軍こと村田源三郎(声/銀河万丈)が血を分けた兄弟だった事が判明。そして、回想のかたちで彼らの過去が描かれた。源二郎、源三郎には、源一郎(小林清志)という名の兄がいた。終戦直後の日本で、村田兄弟は、自分達の村田食堂を再建する事を夢みていた。しかし、長兄の源一郎は、店のために集めた食材を、戦災孤児達に分け続けた。そして、自分はろくに食事をとりもせず、衰弱して命を落としてしまう。源一郎の死後、源二郎と源三郎は袂を分かった。源二郎は味を極めるために味皇となり、源三郎は金と権力で日本の食を牛耳るために味将軍グループを作り、味将軍として君臨。2人は、源一郎の味と志を受け継くために、それぞれの道を歩んだのだ。味皇料理会と味将軍グループの対立は、源一郎の死がきっかけだった。
村田三兄弟の回想は渋かった。それまでの『ミスター味っ子』の流れの中にあって、驚くくらいの渋さだった。ほんのわずかに派手な表現もあるが、基本的には日常的な描写を積みかねている(ちなみに、子供達がケンカをしている場面のリアルタッチの作画は、若き日の平松禎史の仕事だそうだ)。小林清志、小杉十郎太、銀河万丈の声の並びもいい。
今になって思えば、死んだ兄の想いに2人の弟が翻弄され、それが物語の根幹となっているところが、今川監督作品らしい(後の作品では、父の遺産や言葉によって、息子が翻弄されるパターンが多い)。終戦直後を舞台にした村田三兄弟のドラマは、長兄が死んでしまうところを含めて、『鉄人28号』(2004年版)の村雨兄弟を思わせる。そのあたりは、今川監督の趣味性が反映されているのだろう。
シリーズ後半の第4部終盤は、番組が始まった頃とは、まるで別の作品になった。味皇が記憶を失ってしまった。彼を元に戻すために、皆が料理を作るが、成果は得られない。記憶を甦らせる事ができなかった味皇料理会の面々は、再び料理修行するために、海外に旅立っていく。そんな中、一馬の生い立ちが明らかになる。一馬は幼い頃に、味頭巾から包丁を預かっており、味頭巾になる事を運命づけられていたのだ。詳しい説明は端折るが、味頭巾とは味皇のもうひとつの姿である。一馬は、味頭巾を自分の父親のように慕っていた。しかし、彼が作った料理でも、味皇の記憶を取り戻す事はできなかった。一馬は、失意のまま去っていく。
この展開は、足下にあった地面がなくなり、観ているこちら側の足場が怪しくなっていくような不安感があった。一馬のドラマは可哀相過ぎて、観ていて辛かった。98話でしげるが交通事故に遭うのだが、陽一がある理由で彼を問い詰めたのが原因というかたちになっており、それも厳しかった。作り手に「描くべきもの」があり、それを描くためにやっていている事は理解できたが、引いた立場で見ると、バランスを欠いている感があった。作り手の気持ちが、内側へ内側へと向かっていく感じだった。
そして、最終回「ごちそうさま! ミスター味っ子」(脚本/鳥海尽三・藤本さとし、絵コンテ/片山一良・今川泰宏、演出/小林孝志、作画監督/和泉絹子・山本佐和子)。交通事故に遭ったしげるに、みつ子が卵焼きを作ってやる。彼女は料理が下手なのだが、その卵焼きを、しげるは美味しいと言う。みつ子が作った料理には、愛情が込められていたからだ。その一件で、自分がやるべき事を理解した陽一は、改めて味皇に料理を作る。陽一が作ったカツ丼を、味皇は「うまい」と言い、記憶を取り戻す。最後に陽一が作った料理にも、愛情が込められていたのだ。記憶を取り戻した後で、抱き合った陽一と味皇から放たれた光が、天に伸びてゆき、虹のようになる。その光を世界各地に散った料理人達が見上げる場面はあるが、トリップシーンはない。
それまでも、アニメの『ミスター味っ子』は、腕、工夫、食材よりも、料理人の想いや愛情を重視するところがあった。最終回では腕や工夫をほぼ否定。世界中の人々が愛する人の料理を食べられれば、料理人の存在は必要ないのかもしれない、とセリフで言ってしまう(しかし、全ての人が愛する人の料理が食べられるわけではないので、料理人は必要だし、愛する人の料理に近づくために精進しなくてはいけないというロジックであるのだろう)。それでは、1話からずっと味皇が言ってきた事はなんだったんだ? 味勝負は何だったのだ? と首をひねらないわけにはいかない。作り手が考えすぎて、そして勢いがつきすぎて、とんでもないところにたどりついてしまった感じだった。
主張の是非は別にして、最終回は力作だった。しみじみとした感じであり、落ちついたフィルムだった。演出としては腰が据わっている。甲山の奥さんが初登場し、愛する人のために料理を作っている人間の好例として描かれる。どんどん寂しくなっていく物語世界にあって、甲山夫妻の仲のよさは、ほっとするものだった。そして2人の描写に、ちょっと大人の目線が入っている感じだ。味皇が記憶を取り戻した後、感極まった陽一が、テーブルの周りをグルっと回って、味皇に抱きつく。ここまで『ミスター味っ子』はさんざん作画による回り込みをやってきた。そのほとんどがアニメならではの自由奔放なものだったが、このカットはリアルタッチの回り込みになっていた。そのリアル感が、非常によい効果を上げており、印象に残っている。
本放映時に最終回を観て、どんな感想を抱いたのか、はっきりとは覚えていない。カツ丼が光った1話から始まって、随分と遠くまで来てしまったと思ったはずだ。作り手がサービス精神山盛りで、フィルムを作り続けた。次々に新しい趣向に挑んだ。やれる事をやりつくして、吐き出すものを吐き出しつくして、意外なところにたどりついた。話数が進むにつれて、作り手の気分も変わっていった。そんなシリーズだった。今、言葉にするとそうなる。
第390回へつづく
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(10.06.17)